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今回は、新潟県上越市出身で、高校受験において中学浪人を経験。1年間の浪人後、新潟県トップの新潟高校に合格し、埼玉大学からパナソニック エイジフリー株式会社、株式会社識学を経て、OGSコンサルティング株式会社を設立した深石圭さんにお話を伺いました。
現在の「逃げずに向き合えば、人も組織も必ず変われる」という信念は、人生最大の挫折であった、中学浪人の経験から始まっていたといいます。
中学浪人が彼の人生をどう変えたのか、浪人の日々は、社会でどう生きているのでしょうか。
「中学浪人」=高校受験で浪人を経験
深石さんは1980年、新潟県上越市に生まれました。父は法務省や検察庁に勤めていた国家公務員、母はパートをしながら家にいることが多い専業主婦という家庭。
KUMON、ピアノ、スイミング、家庭教師と多くの習い事をさせてもらいましたが、本人いわく「全くまじめにやっていなくてサボりまくっていました(笑)」といいます。
幼い頃からF1とプラモデルが大好きで、「(将来は)F1のエンジニアやメカニックになるんだ」と言い続けていた少年でした。
公立中学校に入学した深石さんは、1、2年生の時は部活動のバスケットボールに没頭し、勉強はほとんどしていませんでした。
そんな彼に転機が訪れたのは、中3で部活を引退するタイミングでした。


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