「体感的に、合格はかなり難しいと思っていたのですが、周囲の出来栄えがわからないから受かっている可能性もあるよなとも考えていました。
でも、張り出されている合否を見て、5人の中で僕だけ落ちていました。恥ずかしさと虚しさと悲しさ、いろんな感情が一度に来て、目の前が真っ白になりました。
僕が通っていた(新潟市立)白新中学校から(新潟)南高校までは歩いて20~30分くらいで、先生が中学校で待っていたので、合格発表を見てから中学校まで歩いて報告に行く感じだったのですが、合格した友人4人は足取りも軽く前へ前へと歩いていく中で、僕はその一歩一歩が非常に重く、友人との距離がどんどん開いて遠くなっていく光景を今でも覚えています。
慰めてくれた友人もいましたし、先生にも『次、私立の受験を頑張ったらいい』と言われましたが、考える余裕もなく、頭に入ってきませんでした。あの時の絶望感は今でも忘れられないです」
「絶望の淵に立っている」状態だったので、第1志望の私立高校も集中できずに不合格。さらに追い打ちをかけたのが、第2志望の私立を受験できないという事態でした。滑り止めの私立に合格済みであったことから、第2志望の私立を受けられないシステムになっていたのです。
「滑り止めで受かっているその学校に行くしかない!?まじかよ…となって。だったら記念受験なんかしなければよかったと思いました。当時は『先生に言われて受けたのに……』と、先生や学校のせいにもしようと思いました」
中学浪人を決断し母の胸で号泣
15歳の深石さんに残された選択肢は、合格している偏差値の高くない私立に通うか、浪人するかの2択でした。その中で深石さんが浪人を決意した理由を聞くと、「人生の可能性を狭めたくなかったから」と答えてくれました。


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