40歳になった頃、廣底さんは「3日予備校」という安い予備校を見つけて通うようになり、早稲田受験を再開しますが、10浪ほどしても受からず入学を諦めます。
「ここまで来ると惰性というか、ライフワークというか……」
「予備校で知り合った子たちは、1浪のある子は歯学部へ、2浪の子は東大へ、3浪の子は医大へ進学しました。歯学部を卒業した子は歯医者さんになっていて、今、私の歯の面倒を診てくれています」
ホノルルで宮崎料理の居酒屋を出店予定
45年にわたり都城の料理を提供してきた廣底さんは、今年いっぱいで長年守ってきた「みやこんじょ」を息子に引き継ぎ、来年ホノルルへ渡る予定です。
長きにわたり飲食の世界で生き抜いてきた廣底さんに、浪人経験が今の仕事にどう生きているかを聞くと、「人に優しくできるようになった」と答えてくれました。
「自分は浪人で悔しい思いをしました。ただ、痛みを知り、弱さを味わった人間は、そこでつまずいている人の気持ちが少しわかると思うんです。お客さんと向き合う仕事には、それが一番大事だと感じます。
これからは、ホノルルでも居酒屋みやこんじょをやろうと思っています。15人くらいの小さな店で、宮崎料理を出すので、また新しい人と出会えると思うと楽しみです」
新聞配達・牛乳配達・居酒屋バイトで出会った人々の縁をたぐり寄せながら歌舞伎町で店を開き、今に至った廣底さんの歩み。3浪で早稲田に届かなかった青年は、目的地に着けなくても、道中の出会いが人生を作ることを証明していました。


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