このレストランはアメリカの料理界におけるアカデミー賞ともいえるジェームズ・ビアード賞(James Beard Awards)の「アメリカズ・クラシック賞(America's Classics Award)」を2023年に受賞している。
店名は初代の真子(まなこ)金蔵が、ハワイに到着した際の入国審査で、審査官がフィリピン系に多い苗字と聞きまちがえて「MANAGO(マナゴ)」と記録してしまったことによるらしい。当時のパスポートにはローマ字表記がなかったのだ。
真子金蔵は、久留米から英語を学ぶためにカナダへの留学をめざして日本を出国した。しかし、経由地であるホノルル(オアフ島)に滞在中、同行していた仲間がギャンブルで渡航資金をすべて失ってしまう。カナダ行きを断念した金蔵は、仕事を求めてハワイ島へと渡った。
「写真花嫁」としてハワイへ
妻のオサメも福岡出身。彼女は前夫と結婚して3日目の夜、「トイレに行く」と言い残したまま、満月の下を何時間も歩いて実家に逃げ帰ってしまったという逸話をもつ。
その後「写真花嫁」としてハワイへ渡り金蔵と結ばれる。同店の名物のポークチョップは彼女がつくったらしい。
なお、彼らの子は太平洋戦争時、アメリカ軍兵士と帝国陸軍に分かれて戦場に赴いたという。
サービスは日系4世だからもちろん英語でのサービスだが、店内には日系人が支えてきた歴史が詰まっている。白米の入ったどんぶりにはなぜかしゃもじが添えられ、もやしなど3品の小皿が提供された。とうてい食べきれないが、これが日米の壁なのか。
墓にあえて行く人のことを「墓マイラー」と呼ぶらしい。筆者はそれほどの関心はないものの、日本人墓地となれば話は別である。
ホルアロア・ジャパニーズ墓地は1896年に開設され、北コナ地域にある7カ所の戦前からの日本人墓地の中で最も古い歴史を持つ。享年から若くして亡くなった人が多いことが読み取れる。日本式の墓石はすべて西を向いていた。これは故郷である日本を向いているのか、それとも西方浄土を向いたものなのか。
さて、ハワイ島の象徴の一つが標高約4200mの火山、マウナケアだろう。山頂付近には日本のすばる望遠鏡をはじめ、世界最先端の天文台が多く集まっている。
それだけ天体観察に好条件なわけだが、山頂へは4万円ほどのツアーに参加するか、本格的な4WDのレンタカーでないとアクセスできない。
そこで、標高2800mのオニヅカ・ビジター・センター付近で観察することにした。ここまでは通常のレンタカーで登れるし、コナからヒロに抜けるメインロードから片道わずか15分でアクセスできる。


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