有料会員登録 東洋経済オンラインとは
ライフ #神童だったあの子の今

「バカすぎて"東大なんて無理"とわからなかった」 学年ビリで偏差値35→2浪で東大へ…「社会の両側」書いてベストセラー作家になった経緯

10分で読める
西岡さんの高校時代
(写真:西岡さん提供)
  • 新倉 和花 東京大学法学部卒・麻雀プロ

INDEX

連載「神童だったあの子の今」では、早熟ゆえに称賛と戸惑いを同時に抱えてきた人物たちを訪ね、いまの彼らがどんな景色を見ているのかを聞いていく。

今回登場するのは、西岡壱誠さん。複数のベストセラーを世に送り出した文筆家であり、漫画『ドラゴン桜2』の編集にも携わった、教育業界の異色の存在だ。

中学受験で偏差値45程度の私立中学に滑り込み、高校のときの偏差値は35。2浪して、ようやく東京大学経済学部に合格した。

その経歴をみると、彼の物語は決して煌びやかなものではない。しかし、いまベストセラー作家となった西岡さんの姿から遡ってみると、小学6年生のときに書き上げた一本の作品に、後年の文筆家の片鱗を見ることができる。

【写真を見る】「バカすぎて"東大なんて無理"とわからなかった」 学年ビリで偏差値35→2浪で東大へ…「社会の両側」書いてベストセラー作家になった経緯(3枚)

勉強させたい母 vs 絶対に勉強したくない息子

西岡さんは、東京都で育った。父は単身赴任でほとんど家にいない。母と息子、2人きりの家。息子は勉強がしたくない。母親は息子を勉強させたい。毎日が喧嘩だった。

1人息子の教育に熱心だった母親は、息子を中学受験させようと、日能研という塾に通わせていた。だが小学生の彼には、まるでその気がなかった。彼は勉強しなくてもいい方法を考えた。

日能研の入っているビルまでは、母親が付き添ってくる。そこで、彼は小学生としてはなかなか手の込んだサボり方をしていた。

「エレベーターに乗るところまでは見られていたんで、日能研の階ではなく別の階でエレベーターを降りて、そのままカードショップとかゲームセンターに直行していました」

こういうとき、普通は父親が雷を落とすところである。しかし父は単身赴任で不在。母親だけが怒り、息子が反抗する……そんな家庭内の消耗戦が、小学校時代の彼の日常だった。成績は当然、伸びなかった。

一方、彼はこのときから文章を書く才能を芽生えさせていた。小学生にして、長編小説を書いていたのである。

2/5 PAGES
3/5 PAGES
4/5 PAGES
5/5 PAGES

こちらの記事もおすすめ

あなたにおすすめ

ライフ

人気記事 HOT

※過去1ヶ月以内に配信した記事の閲覧数