いま振り返ると、西岡さんの人生の分岐点には、母親の沈黙があった。
小学校卒業のときの敗北宣言。中2の6時間三者面談のあとの「怒られてたのはあんたでしょ」。偏差値35の子供が「東大受験する」と言ったとき。
息子の性分を見抜いた母親が、あえて手を離すことを選んだ結果、彼は自分で火をつけた道でしか走れない人間として、そのまま大人になった。
母親の「何も言わない」は、放任ではなかった。それは、この子は自分で火をつけたことしかやらないという性分を、12年観察して下した診断書だった。そしてその診断書を、息子に「あんたの人生だ」と手渡した。
西岡壱誠さんは今、ベストセラー作家であり、教育コンテンツ企業の代表であり、そして小説家である。小6のときに原稿用紙100枚の大長編を書いた少年は、自分の書斎で、次の本の原稿に向かっている。
才能の形は必ずしも皆同じではない
彼を「神童」と呼ぶのは、成績の観点からは無理がある。学年ビリ、偏差値35、2浪。数字だけを見れば、これほど神童から遠い経歴もないだろう。
だが、この連載で見てきた「神童」たちが皆、成績や学歴の頂点にいた子どもたちだったからこそ、逆に西岡さんの物語は際立つ。気分が乗ったことに、他の誰よりも深く没入できる――それもまた、幼少期にはっきり現れた才能だった。ただし、その才能が向かった先が、算数でも国語でもなく、原稿用紙100枚のサッカー小説だっただけである。
神童と呼ばれた子の行き先は、必ずしも「早くから開花した学力」の延長線上にあるわけではない。ときにそれは、小6の秋に日能研をサボって家で書き上げた大長編小説の続きを、20年後に書いている大人の姿として現れる。


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