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「山に商売を持ち込みやがって」と罵られ…-15℃の寝袋生活、貯金150万で無職になった男が《名もなき山仕事》で生きるまで

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崖の上に座る松見さん
山の仕事を職業として確立しようと奮闘してきた松見真宏さん(写真:松見さん提供)
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「山で自分の人生をつくっていきたいっていうところは固まっていたので、逆に目の前の手段についてはこだわりはなくて、だから不安とか懸念はありませんでした。むしろ、山の仕事が少しずつ増えていく喜びが大きくて、気づいたら仲間も先輩も後輩も同僚もできました」

長期間に及ぶプロジェクトの相談が寄せられるようになると、他の仕事と並行して、5年間続けたパトロール隊の仕事に区切りをつけて、2021年に会社を設立。責任を持って仕事を請け負える形にシフトしようと決意した。

起業したばかりの頃、山の仲間たちと冬山で歩荷をする様子。中央が松見さん(写真:松見さん提供)

「好奇心や興味って、本人も周りも制御するのが難しい要素だと思っているんです。大事なのは、それを認識したうえで人生を選択し、その先で発生する責任を負うこと。僕が仕事や生業にこだわるのは、生活や経済とちゃんと結びつけて責任を負わないと、より面白いことを感じられる段階には行けないってことがわかったからなんです」

余談だが、会社を設立するタイミングで引き払った1万5000円の家は、松見さんが退去したと同時に取り壊されたという。

山のために、山から降りた

松見さんが立ち上げた山屋では、それまで山でつながった人たちを登録パートナーとすることで、1人では不可能だった長期的な調査や、全国各地での仕事を引き受けることができるようになった。

すると、売り上げは個人事業のときに比べ、いきなり4倍近くに増加。松見さんは、これまではっきり「職業」として認められていなかったことが、世間に認められるようになった気がして嬉しかったという。

以来、会社としても着実に売り上げを伸ばし、メディアでも取り上げられるようになる。すると、設立から3年目には、知り合いではない人からも登録パートナーになりたいという問い合わせが届くようになった。

仕事の依頼も全国各地からくるようになったため、2023年には、長野県においていた自身の住居を東京に移した。会社の本社は今も長野県松本市だ。「なぜ東京だったんですか?」と尋ねると、「確かに長野は山がたくさんあるんですが、日本の山の中心を考えたら、東京だったんです」と笑う。

生活者として山と関わる方法を模索してきた松見さん(写真:松見さん提供)

こうして、とにかく山に関わりたいと突き進んできた松見さんだが、「山の仕事を職業として成立させる」という新たな目標のために、山に登ることは少なくなった。今は、相談をうけて仕事をつくる段階から一緒に考え、各地のパートナーにディレクションすることに注力する。あんなに山に関わりたいと思っていたのに、山にずっといられないことは不満ではないのだろうか。

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