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「山に商売を持ち込みやがって」と罵られ…-15℃の寝袋生活、貯金150万で無職になった男が《名もなき山仕事》で生きるまで

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崖の上に座る松見さん
山の仕事を職業として確立しようと奮闘してきた松見真宏さん(写真:松見さん提供)
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松見さんは退職後、年間20日ほどしか家には帰らず、ほとんど山に滞在する1年を送った。その中で、山を生業とするさまざまな人と出会う。山の安全管理者や調査会社の担当者、電気設備屋、さらには山専門の美容師や整体師、料理人もいた。いずれも、調査や研究を目的としていた学生時代には関わることができなかった人たちだ。

仕事を辞めて山を旅していた頃の松見さん。どうしたら山で人生を成立させることができるか考えていた(写真:松見さん提供)

中には「うちの会社に入れよ」と誘ってくれる人もいた。けれど、山が持つ幅の広さや要素の多さに魅力を感じていた松見さんは、その中で一つだけに特化して進路を決めると、また興味が移って人に迷惑をかけてしまうかもしれないと考えていた。

ビジターとして山を楽しみたいわけでも、挑戦者として高い山に登りたいわけでもなく、生活者として山で人生を成立させたい。今度こそ、自分が最後まで責任をもってやり遂げたいと思える選択をしたかったのだ。

山の仕事が増えていく喜び…職業として責任を負う

山を歩きはじめて1年が経った頃、北アルプスで出会ったパトロール隊の一人が、「そんなに山にいたいなら、紹介してやるからパトロール隊の面接を受けてみたら?」と声をかけてくれた。

松見さんは「素晴らしいチャンスをいただいた」と面接を受け、2016年の夏、山岳パトロール隊に入隊。7月から8月にかけての1カ月半の仕事だったけれど、これを機に、今までやってきた山の仕事を請け負うフリーランスでやっていこうと、「山屋」の屋号で開業した。

山岳パトロール隊の仕事をしていた頃の松見さん(写真:松見さん提供)

だが当時、山は善意で整備するのが当たり前の時代。山を愛する人たちから、「山に商売を持ち込みやがって」と言われたことも一度や二度ではない。それまで山で仲間として知り合っていた人からも、依頼された仕事に対して必要な対価を見積もると、「ビジネスマンになっちゃったんだね」とあからさまに批判された。いま思えばその批判は、無償で山を守り続けてきた人たちの矜持でもあった。

それでも、山で働くことを続けていくためには、収入につなげていかなくてはならない。とにかく「仕事として成立させる」姿勢を崩さずにいるうちに、パトロール隊として出会っていた建設業者や環境調査会社などから、歩荷や調査の仕事の依頼が舞い込むようになった。

1年目はあまり仕事がなかったものの、Twitter(現在のX)を通じて発信を続けると徐々に依頼が増え、2年目の売り上げは300万円、3年目は700万円弱と、着実に業績を伸ばした。次第に調査や作業など、一人では請け負えない規模の依頼が来るようになると、仲間に声をかけて2~3人のチームで仕事を受けるようになっていく。

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