松見さんによると、山には、「登山道の整備箇所を調査して自治体に報告する」などといった、「名もなき家事」ならぬ「名もなき山仕事」が多く存在する。こうした山仕事は従来、地元住民や登山愛好家がボランティアで行ったり、山に関わる各業界の一部の「山担当」が担ってきたという。このため、そもそも「山のプロに仕事を依頼する」という発想自体がなかった。
そこで松見さんは、山仕事が正当に評価されるように仕事を明確化し、安全行動のガイドラインも整備。山仕事を職業として継続していくための仕組みや体制を設計することに注力した。
現在は、運搬や調査といったわかりやすい依頼だけでなく、山にまつわることについて「どう依頼したらいいかわからない」段階から顧客の相談にのり、一緒に仕事のやり方からつくっていくことにも着手する。対価をつけにくく、リスクも伴うものだ。
そういった、他の人があまりやりたがらない「名もなき山仕事」を松見さんが引き受けるに至った背景には、子どもの頃からの一途な性格が影響しているという。
好奇心がおもむくままに突き進んだ少年時代
1991年、静岡県で生まれた松見さんは、子どもの自由な発想や行動に理解がある幼稚園教諭の母と、好きなことを仕事にしていた、システムエンジニアの父のもとで育った。
「ちっちゃい頃はこだわりが強くて、やりたいことはとことんやるけど、やりたくないことは本当にやらない、みたいな子どもでした。いじめられたこともありましたね。新しいことを知るのは好きでしたが、どんどん興味が移っちゃうんで、ハマることはあっても続かないことが多かったです」
小学生の頃から自然に興味を持ち、中学校に入ると、微生物や菌類などの生態を扱う生物化学にハマった。そのため、高専出身の父の影響もあり、沼津高専に進学。生物化学も扱う化学工学のコースがあったからだ。松見さんは寮生活を開始し、男子寮のリーダーとして寮生たちをまとめるなど、充実した生活を送る。


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