祭りは終わったあとから始まる
祭りが終わると、多くの人は「今年も無事に終わったね」と言います。もちろん、事故なく終えられたことには心からほっとしますし、来てくださった方々の笑顔を見ると、やってよかったと思います。
でも僕の中では、祭りはそこで終わりません。
むしろ、終わったあとから始まる感覚があります。
片づけをしながら、「あの導線はもっとよくできたな」「あの時間帯は人が集中したな」「来年はここを変えたいな」と、もう次のことを考えています。疲れ切っているはずなのに、頭の中では来年の景色が少しずつ浮かんでいるんです。
これを人に話すと、たいてい不思議そうな顔をされます。
「そんなに大変なら、やめればいいのに」
「儲からないなら、続ける意味あるの?」
たしかに、短期的な利益だけで考えれば、祭りほど割に合わないものはないかもしれません。準備には時間がかかります。多くの人に頭を下げることもあります。想定外のことも起きます。終わったあとには、達成感と同じくらい大きな疲労も残ります。
でも、僕はいつも思います。
お金にならないことの中にこそ、あとから大きな価値になって返ってくるものがあるのではないか、と。
これはきれいごとではありません。僕自身、ADACHI HOUSEを続けてきた中で何度も感じてきたことです。すぐに売上につながることばかりを追っていたら、今のような形にはなっていなかったと思います。
地域で何かを続けるというのは、今日出した答えが明日すぐ数字になるような仕事ではありません。時間をかけて、人の記憶に残り、少しずつ関係が深まり、あるとき思いがけない形で返ってくる。
祭りは、そのことを毎年教えてくれる場所です。


