赤い色はリンゴの中にあるのではなく、リンゴの表面に反射した光の波長が見る者の視細胞を興奮させ、この神経反応を脳で合成して“赤い”という経験をつくり出す。
もし赤い色がリンゴそのものについていたら、リンゴはいつも赤く見えるはずだ。
でも、色覚異常の友人にリンゴが赤く見えたことはない。つまり、リンゴの赤はリンゴの中にあるのではなく、それを見た人の頭の中で生まれる経験なのだ。
幸せは脳でつくられる「経験」だった
となると、“赤い”という経験を理解するために何を分析すべきなのだろう。この世のすべてのリンゴ?
そうじゃない。
外部の刺激を合成して“赤”という感覚をつくり出すその経験の主人、つまり経験者、そしてその脳についての理解が必要になる。
幸せも同じだ。私たちが小遣いをもらって喜んでいるときに感じる幸せもまた、お金そのものにあるのではない。
リンゴの赤のように、幸福感も脳でつくられる経験なのだ。お金という刺激が脳の特定部位を興奮させて「うれしい」という一時的な経験を合成する。
お金は、誰にでも幸福感をもたらすわけじゃない。色を自覚するよりもはるかに複雑で微妙な経験が、幸せなのだ。
ともかく、幸せを理解するためには、この経験がなぜ、いつ、脳で発生するのかを知っておかなければならない。だから、この脳の主人についての深い理解がどうしても必要なのだ。


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