益田 今も、現代に「原始社会」の要素がまったくないかというと、そんなことはなくて。「管理社会」の中に「原始社会」が組み込まれているんですよね。歌舞伎町やSNSのように、人間的な感情がむき出しになっている場所もありますから。
とはいえ、管理社会と原始社会のどちらが正解というわけではないんです。管理社会が楽でもないし、原始社会が楽でもない。
管理社会は没個性的だし、ある意味、仕組まれている。ただ餓死の危険はありません。原始社会は感情教育がしっかりされるので、相手を思いやるから没個性化はなく、相手は相手として尊重されます。だけどその分、感情摩擦が多くて疲れる。どっちもメリット、デメリットがあるということです。
子どもと一緒に家事をしたほうがいい
山本 では、双方のメリットを活かし、管理社会の中でもちょうどよく原始社会的な経験を積むことがいいのでしょうか? 例えば、大人は家事や労働をAIで省力化して、子どもに向き合う時間をつくればいいのでしょうか?
益田 いや、むしろ子どもと一緒に家事をしたほうがいいですね。楽しいことだけではなく、一緒に掃除したり、混んでいるところに出かけて待ったり、そういう苦労をあえてすることが大事です。面倒なことを全部AIに任せて避けてしまうと、相手を思いやる力が落ちてくるし、その結果、人間が理解できず騙されやすくなる。他人の噓も見抜きにくくなるし、自分の感情をコントロールできなくなってしまいます。
もし今も、スマホを触るのに夢中で、親子の会話や遊び、ケンカすらしてないなら、子どもの感情劣化は進んでいます。そこにAIの誘惑が加われば、ますます進行していくでしょう。そうなると、いわゆる「コミュ障」の人や騙されやすい人も増えてしまうわけです。

