益田 社会学者の宮台真司さんとの対談でやりとりした話なのですが、社会を「原始社会」と「管理社会」の2つに分けて考えてみると分かりやすいのかもしれません。
「原始社会」はルールがなくて、相手を思いやることで成立していた社会です。例えば、誰かが獲物を獲った時に、誰が一番多く食べることになるのでしょうか? 獲物を獲った人なのか、病人なのか、妊婦なのか。そこは話し合いによって決まるわけです。原始社会はまさに感情教育が重要で、相手を思いやる力が必要でした。
一方、現代のように細かくルールが決まっている「管理社会」では、原始社会ほど話し合いをする必要がありません。そうすると、相手のことを思いやる必要がない状態「感情劣化」が進みます。
例えば、残業中に上司の奥さんが握ったおにぎりを会社に持ってきて「みんなで頑張ろう」と言われても、なんだかちょっと嫌ですよね。昭和の頃なら普通に喜んで食べていたけど、今なら「コンビニのおにぎりを買ってきてくれたほうがいいな」と思う人が多いでしょう。
こういう社会の中で、AIとうまく付き合うためには、「AIを使いつつ、原始社会をどうやって再現するか」がキーポイントとなります。
「管理社会」の中に「原始社会」が組み込まれている
山本 AIの普及によってさらに高度な管理社会がどんどん進んでいくと、摩擦や負担も減って便利になるけれど、感情劣化が進む。すると、原始社会に感じていた人の喜びや自分の存在意義のようなものが感じにくくなっていく。その一方で、人間性を維持する装置としての原始社会が非常に重要になってくるわけですね。


