たしかに、物事の受け止め方を変えることで、気持ちが軽くなることはあります。必要以上に悲観せず、少し引いたところから状況を見ることは、人生を健やかに生きるうえで大切な力です。
ただし、こうしたポジティブシンキングは、いつでも万能なものではありません。つらい状態にある人に対して、「前向きに考えればいい」「気にしないほうがいい」と言っても、それだけで楽になるとは限りません。むしろ、「前向きになれない自分は、なんてダメなんだろう」と感じて、さらに苦しくなってしまうこともあります。
また、体が疲れ切っているとき、人は物事を冷静に見られなくなります。小さな失敗が大きな問題に見えたり、相手の何気ないひと言が強い否定に聞こえたりします。
その状態で、考え方だけを変えようとするのは、足をケガして走れない人に「こんなフォームにすれば速く走れるよ」とアドバイスを送るようなものです。走り方を工夫する前に、まずは根本的に、足を休ませ、ケガを治すことが必要です。心も同じです。前向きに考えようとする前に、まずは心がうまく働けるだけの体の余裕を取り戻すことが必要なのです。
もちろん、ものの見方を変えること自体が悪いわけではありません。失敗から学ぶ。嫌な出来事の中にも次につながる材料を見つける。相手の言葉を一度落ち着いて受け止める。こうした姿勢は、心を守るうえで大切です。
しかし、それらはすべて、体の状態が整っていればこそ効果を発揮します。寝不足で頭がぼんやりしているとき、空腹でイライラしているとき、疲労で表情まで硬くなっているときに、無理やり前向きな言葉を自分にかけても、心の奥までは届きません。
大事な商談で失敗した。上司に厳しい言葉をかけられた。部下との関係がうまくいかない。そんなときに、すぐ「これは成長のチャンスだ」と思えなくてもかまいません。まずは、体の状態を立て直しましょう。
水を飲む。外の空気を吸う。歩きながら考える。帰宅後はスマートフォンから少し離れて、体を休ませる。体の状態が整えば、心も自然と落ち着いていきます。メンタルの回復は、思考法や気合でどうにかする前に、日々の体のコンディションづくりから始まるのです。
トップアスリートも体→技→心でメンタルを整える
私は、プロ野球チームのコンディショニング指導の現場で、多くのトップアスリートたちと向き合ってきました。その現場で強く感じてきたのは、一流の選手ほど、メンタルを「心の問題」だけで片づけようとしない、ということです。

