有料会員登録 東洋経済オンラインとは
ライフ #夢追いフリーターの部屋から

40歳・夢追いフリーター男性が語る「夢を諦めきれない苦しさ」…苦節10年、新人脚本賞を受賞も「複雑な気持ち」になったワケ

8分で読める
瀬戸大希さん
脚本家として活動する男性。40歳を迎え、念願の新人賞を受賞も複雑な気持ちに…(写真:瀬戸大希さん提供)
2/5 PAGES

「むしろ、賞を獲ったおかげで夢を諦められなくなったと感じています」

そう語る彼の言葉には、夢と現実の両方が詰まっていた――。

ゲームを与えられず、孤独だった少年時代

保育園児だった頃。外遊びも好きだった(写真:瀬戸大希さん提供)

日本海側の地方都市・富山県富山市で育った瀬戸さん。電気工事業のサラリーマンとして働く父親とパートを掛け持ちする母親のもと、すくすく育てられた。

しかし、瀬戸さんの幼少期は決して楽しいものではなかったという。

「当時はテレビゲーム全盛の時代。でも、私はゲーム機やソフトを一つも持っていなかった……。小学校高学年ぐらいから放課後はもちろんのこと、休み時間もゲームの話題で盛り上がるクラスメートの輪から外れてしまったんです」

そんな瀬戸さんの心の支えだったのが図書館で借りる児童書や学習マンガ、夕方に放送されていた刑事ドラマの再放送だった。

「遊び仲間に入れてもらえなかったので、とりあえず図書館で借りてきた『ズッコケ三人組』や『名探偵夢水清志郎事件ノート』シリーズを読んだり、ドラマ『はぐれ刑事純情派』や名作アニメを観たりして、退屈な時間を潰していました」

しばらくして、読書や鑑賞だけでは飽き足らなくなり、チラシの裏やノートに自作の小説やマンガを書き始めたという。

「今思えば、創作活動をしたいと思うようになったきっかけは、そこなんだと思います。誰に見せるわけでもなく書いたものは捨てていました」

しかし、中学以降は運動部に入り、読書や創作活動とは距離を置くように。学校生活が楽しくなり、本やドラマにも触れない日々が続いた。高校に入ってからは「芸能人やアスリートと関わる仕事がしたい」と思うようになり、マスコミに憧れて東京の私立大学を目指すようになったという。

「本は読まなくなりましたが、テレビのバラエティー番組やプロ野球中継が好きだったんです。その影響でマスコミに興味を持ちました。要はミーハーなんです」

地方の中堅進学校ということもあってか、周りは地元か隣県の国公立大学志望ばかり。

「周囲から浮いていたと思いますが、小学校時代に仲間外れにされることには慣れていたので流されることはなかったですね」

こうして現役で東京の私立大学に入学し、マスコミ関係のサークルに所属。しかし、就職活動のハードルは高く、内定を得られず。契約社員として出版社に潜り込んだ。

3/5 PAGES
4/5 PAGES
5/5 PAGES

こちらの記事もおすすめ

あなたにおすすめ

ライフ

人気記事 HOT

※過去1ヶ月以内に配信した記事の閲覧数