東洋経済オンラインとは
ライフ

「涙が出た…」親族ほぼ全員が反対、名門ゆえの重責と孤独な闘い 徳川慶喜家・300坪の墓じまいに5代目が語る苦難

9分で読める
徳川慶喜の墓
5代目徳川慶喜家当主の山岸美喜さん(写真:編集部撮影)
2/8 PAGES
3/8 PAGES
4/8 PAGES
5/8 PAGES
6/8 PAGES
7/8 PAGES

どこか別の場所に墓を移すといっても、史跡指定されているので可能かどうかもわからず、しかも莫大な費用と手間がかかる。徳川慶喜公の時代は土葬だったため、遺骨を移すのも、そう簡単なことではない。

高松宮妃殿下ご寄贈の記念碑(写真:編集部撮影)

「宗旨が違う」と断られ…

それらをどう“しまえば”いいのか――。

山岸さんはまず上野寛永寺に相談したが、徳川慶喜家の墓は仏式ではなく神式で、皇族と同じ「円墳」という非常に珍しい形をしている。寛永寺とは宗旨が違うこともあり、管理を引き受けてもらうことはできなかった。

次に相談した相手は、前述の史料の預け先について相談した徳川文武さんだった。

「慶喜がもっとも信頼していた弟、昭武公のご子孫ですが、これまでお会いする機会はありませんでした。突然の電話なのに真摯に相談に乗ってくださり、『上野東照宮に相談されてはいかがでしょうか』とご助言いただいたんです」(山岸さん)

ホームページの連絡先に電話をして趣旨を伝えると、禰宜(ねぎ:宮司を支える役割をする神職)の嵯峨まきさんが快く会ってくださるという。

「八方塞がりの中、藁にもすがる思いで上野東照宮を訪ねました。すると『お墓のことでお困りでしたら、うちで管理させていただきます』とおっしゃってくださって……。ありがたいお申し出に、あのときは涙が出ました」(山岸さん)

8/8 PAGES

こちらの記事もおすすめ

あなたにおすすめ

ライフ

人気記事 HOT

※過去1ヶ月以内に配信した記事の閲覧数