村上さんは作家になる前、自身でジャズ喫茶・バー「ピーターキャット」を開業。小説『ノルウェイの森』にはDUGを登場させている。DUGに大きな影響を受けていたことは疑いない。
「多くの文化人に通っていただいたことは大変光栄に思います。先代マスターは『ジャズという好きな音楽』を『好みの音を鳴らす空間で聞く』、その空間に飾るための『ジャズミュージシャンの写真を撮りたい』、そのことにこだわり続けただけ。そして2代目である僕は、生まれたときからジャズは空気のような存在だった。このような単純なことですが、多くの方に共感いただけているということは、とてもありがたいと思っています」(塁さん)
「新宿・アングラカルチャー」の流行発信地に
60〜70年代の新宿は「新宿カルチャー」と呼ばれる、いわゆるアングラカルチャーの発信地だった。
中でも、寺山修司さんの「天井桟敷」、紅テントで知られる唐十郎さんの「状況劇場」はその代表的な存在であり、寺山さんらもよくDUGに顔を出していた。DUGはいつしか新宿カルチャーの流行発信地になっていた。
そしてDUGは前述の通り、アジア最大級の繁華街とも言われる歌舞伎町の向かい側にある。それだけに、この大繁華街の盛衰を目の前でリアルに見続けてきた。
ジャズ喫茶の勃興期、高度経済成長、バブル絶頂期、バブル崩壊と歌舞伎町の「浄化」、東日本大震災、コロナ禍……激しく揺れ動く繁華街の光景は、まさに戦後日本社会の姿そのものである。
穂積さんがDUGを運営しながら、最も大切にしていた写真がある。ジャズピアニスト、セロニアス・モンクの写真である。

