穂積さんは06年以降、店の運営を息子の塁さんにほぼ任せ、穂積さん自身は店に来る友人や知人らとの“交遊”に力を注いだ。これだけの名店を穂積さんから受け継いで営業し続けるのは大変だっただろう。
「ジャズという音楽は、今、一周回って、より軽やかで自由なものへと変化していますね。コーヒーの香りのように複雑な理論を抜きにして、若い世代には『日常にちょっとした贅沢を添えるスパイス』として自然に受け入れられているようです。変化というよりは、ようやく日本の生活によい意味で『馴染んだ』と思います。時代と共に変化してもジャズが持つ『自由な精神』は、常に退屈な人々の心を揺さぶるという本質がまったく変わっていないと感じます。それがジャズの最も興味深い点です」
塁さんはそう語る。
「日本ジャズ史に残る名店」が、閉店の道を選んだ理由
そんな日本ジャズ史に残る名店が、今回閉店の道を選ぶことになったのはなぜなのだろうか。
「入居しているビルが解体されるという正式な知らせが、私の耳に届いたのが今年の3月(退去4カ月前)でしたので、正直時間がないことに深淵を覗きこむ心境でした。7月1日にビル解体が決定しているということで、こちらには選択肢はない状況でした。時代の流れで抗えないことです。
67年に建築家の故・岩淵活輝氏、グラフィックデザイナーの故・和田誠氏と、父でジャズ写真家の故・中平穂積のコラボレーションにより、新宿で居心地のよい空間として創造した『DUG』は幕を降ろす。『来るべき時が来た』と感じました」
DUGは前身の「DIG」時代なども含めて、たびたび移転・閉店の危機を乗り越えながら存続してきた歴史があるだけに、店のファンや関係者のショックは大きかった。

