「LINE Payは6%のポイント還元をやっている。それなら、うちは8%で応戦しよう!」
ライバルより少しだけ条件のよい数字を提示する。マーケティングの定石ともいえる手堅い判断です。
しかし、私たちが仕掛けようとしていたのは、わずかなシェアを奪い合うような局地戦ではありません。勝者のいない、まったく新しい市場の覇権そのものをめぐる「天下獲り」です。後発の私たちがユーザーの決済習慣を根こそぎ変え、一気に頂点に立つためには、想定の範囲内のインセンティブでは意味がないのです。
私たちの出した「8%」という数字は、これから始まる壮大な戦いの規模を、まったく捉えきれていない。そのことを私たちに知らしめたのは「あの人」でした。
孫正義「8%? どうせなら200%くらい出せないの?」
ある会議の席上で、私は孫正義さんと同席しました。PayPayはヤフーとソフトバンクのJVである以上、ポイント還元キャンペーン施策の実行にあたってはソフトバンクのトップである孫さんの了承を取り付ける必要があります。
会議の終了後、私は孫さんを呼び止め、「8%ポイント還元」のキャンペーンの説明をしました。
「8%? なに? その中途半端な数字。どうせなら200%くらい出せないの?」
——え? 200%?
今さらここで説明する必要がないほどに、孫正義という人物はインターネット産業のみならず、日本の経営者の中でもとりわけ傑物です。その大胆な意思決定とアクションには、私もそばにいながら何度も度肝を抜かれてきました。それでも、さすがに「200%」とは……常識のはるか斜め上をいく数字でした。
「200%ってつまり、1000円の買い物をしたら、2000円が戻ってくるってことですよ。あっという間に潰れちゃいます」
「いやでも、それでユーザーを獲得できるならいいじゃん?」
「孫さん。そもそも200%ってムリなんですよ。景品表示法という法律があってですね、還元率の上限は20%と決まっているんです」
孫さんと私の、聞きようによっては滑稽なやり取りを、PayPayの幹部社員たちが固唾を飲んで見守っています。最終的に孫さんは残念そうな顔をしながらも、「そうなんだ。だったらそれで我慢するわ」と折れてくれ、なんとか20%で話がまとまりました。

