それと同時に、同社では社員の教育に力を注いでおり、日本スペシャルティコーヒー協会(SCAJ)が主催する国内の主要なコーヒー技術競技会で毎年優秀な成績を収めている。働き方改革を進め、残業時間を減らし、人材には投資する……非常に堅実な企業運営なのだ。
喫茶店事業所数が減り続けるなか、「落ち着いて話せる場所」の供給不足は続く。椿屋珈琲が置かれている構造的な追い風は、当面変わらない。
少なくとも店舗体験としては、回転率を最大化しているようには見えない。客の滞在を急かさず、席間隔を広く取り、手厚い接客を維持する。一般的な飲食チェーンの視点では「不効率」に映る選択が、椿屋珈琲では意図的に組み込まれている。回転を急がない代わりに、高価格帯と空間価値で収益を成立させる。それが52店舗・営業利益率約7.4%(計算値)という数字の背景にある構造だと読める。
かつて街の喫茶店マスターが個人の技量で担っていた「場の空気」を、チェーンとして標準化することができるのか。それが椿屋珈琲の本質的な問いであり、少なくとも現時点の財務数字は、その可能性を示している。
椿屋珈琲が埋める、喫茶店の空白
街の喫茶店が消えた後に残ったのは、需要ではなく、それを担う場所だった。
椿屋珈琲が売っているのはコーヒーではない。急かされない時間と、声を張らなくていい空間だ。自己資本比率79.2%という堅牢な財務と、飲食企業としては目を引く月11.2時間という残業時間が、その「場の質」を支えている。
コーヒー1杯の価格に納得できるとき、人は飲み物ではなく時間を買っている。その市場は、個人喫茶店の灯が消えるたびに、少しずつ広がっているようにも見える。
