「急かされない」という感覚は、特定の瞬間に訪れるのではない。最初の一杯が運ばれてから、会話が続く間中、ずっとそこにある。声を張らなくていい。隣が近すぎない。新宿のど真ん中にありながら、店内には外とは異なる時間が流れている。
なぜ「高いコーヒー」は許容されるのか
コーヒー1杯1300円という価格は、一般的には高価格帯に入る。それでも、椿屋珈琲の客はこの価格を払う。
一つの仮説として、消費者が「コーヒー代」として支払っているのではなく、「時間と空間への対価」として認知しているからではないか。飲み物はその場に滞在するためのパスポートであり、「落ち着いて話せる60分」に価値を見出している、と見ることもできる。
東和フードサービスは、有価証券報告書(25年4月期)の事業概況で椿屋珈琲についてこう説明している。「ゆとりとくつろぎの60分」「高級感のある内装、落ち着いた雰囲気、接客サービス」。「60分」という時間軸をブランドの核に置いていることは示唆的だ。売っているのはコーヒーではなく、60分という体験である。そう読むことができる。
