帰宅後、「またミスをしたらどうしよう」「仕事のスピードアップができなかったらどうしよう」と考えているうちに、その晩は眠れなかった。翌朝、力を振り絞って出勤したものの、気分が落ち込んで、仕事への意欲が湧かず、集中力も低下したように感じた。
結果的に仕事のスピードも落ちたので、仕事が遅いことでまた叱責されるのではないかという不安にさいなまれた。
「あんなに頑張ったのに、うつになって悔しい」
数日間は何とか出勤していたものの、夜眠れず、気分が落ち込んで、意欲も出ない状態が続いた。
ある日、残業中に「自分は何をやっているんだろう」と考えているうちに、また涙が出て止まらなくなった。そのため、翌日心療内科を受診したところ、「うつ病」と診断され、「休職加療」が必要との診断書が出されて、休職することになったのである。
この男性は東京で心療内科を受診した際、「ときには死にたくなることもある」と希死念慮を訴えたので、「関西の実家に帰って療養したほうがいいのではないか」と勧められた。勤務先の上司と産業医も同じ意見だった。
そのため、しばらく関西の実家に帰ることになり、紹介されて私の外来を受診した。
診察時に彼が訴えたのは、「あんなに頑張ったのに、うつになって悔しい」ということだった。その気持ちは痛いほどわかる。だが、頑張ったらうつにならずにすむのかというと、そういうわけでは決してない。
精神科医としての長年の臨床経験から申し上げると、むしろ逆で、頑張りすぎたからこそ、うつになったという人のほうが多い。とくに、彼の場合は、失恋という喪失体験が転職のきっかけになったこともあって、「頑張って見返してやりたい」という願望が強かった。
こういう願望を胸に秘めていると、どうしても頑張りすぎてしまう。そのことがうつ病発症の大きな要因になったことは否定し難い。

