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日本人のいびつな対中優越感が根底にある日中対立、その解消と現実的な関係構築で思い出すべき明治時代の偉人の助言

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明治期の日本と清朝との関係を振り返ると、現在の日中対立と同様な構図が浮かんでくる(写真:Cheng Xin/Getty Images)
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福澤諭吉の脱亜論も、中国人への同情論から次第に中国人への軽蔑論に変わっていった。それは崩壊していく清朝に期待できず、日本が中国の後見人として中国を支配すべきだという議論になっていったのである。

一方で脱亜論ではなく、日清ともに協同・連帯しようという流れもあった。この2つの議論は、前者が現実の状況に即したリアリズム理論であり、後者が理想にしたがった議論であるともいえるだろう。近代化に遅れた現実の中で衰退する中国を救うには、いささか荒療治する必要があるというのが前者である。

中江兆民の「三酔人経綸問答」を読む

過去の長い歴史を見る限り、近代化していないからといって堕落し衰退しているという議論はあまりにも歴史を軽んじているといえる。中国悠久の歴史の中にある極めて尊敬に値する高度の文化を考えれば、中国の高度な文化と日本の近代化を合わせてアジア世界を立て直すという議論が出てくるのは当然である。それが後者である。

前出の中江兆民は後者に近い立場にあるが、現実主義と理想論の間に位置している。中江兆民は『三酔人経倫問答』(桑原武夫、島田虔次訳、岩波文庫、1965年)の中で、この2つの議論をそれぞれ展開し、最後におそらく中江兆民自身を代弁していると思われる「南海先生」の言葉で締めくくっている。

本書の登場人物は南海先生、洋学紳士、豪傑君である(3人の脇にいて、状況を説明する第三者を除く)。

洋学紳士はいかにも西欧化した人物で、考え方も西欧的民主主義に染まった人物である。その西欧とは、自由と平等の世界であり、自由と平等があれば、戦争や侵略などなく、世界の平和はすぐに実現すると楽観的に主張する。

一方の豪傑君は、日本の伝統にこだわり、西欧文明など野蛮な文明であるとして拒否し、軍備増強を図り、日本的世界を実現すべきだと主張する。

洋学紳士と豪傑君の2人の説は、当時の日本の世論を真っ二つにしていた非戦論と交戦論を代表している。

南海先生は、これに対してどちらでもない第3の回答を用意する。まず洋学紳士に対して、早急に西欧の思想や制度をもってきても、それは日本の大地で実らず、ゆっくりと時間をかけて民衆の間に自然に入るようにしなければならない。今はまだその時期ではなく、この国で培われた伝統を維持していかねばならない、と。

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