いざ、元祖のういろう店へ(神奈川県)
子どもの頃から、モチモチした食感で甘さ控えめのういろうが好きである。
長らく、ういろうと言えば名古屋の「青柳総本家」しか目に入っていなかったが、他のメーカーもあると知ったのは、初めて名古屋へ行く機会ができた20年ほど前。それでいろいろなメーカーのういろうを食べてみるようになった。
青柳総本家の創業は1879(明治12)年。「名古屋ういろの元祖」と謳う「餅文(もちぶん)総本店」の創業は1659(万治2)年。明から来た医学や菓子にくわしい知識人の陳元贇(ちん・げんぴん)に、尾張藩の御用商人だった餅屋文蔵が製法を教わったのだ。
名古屋以外にも、ういろうがあると知ったのは十数年前。京都に出かけた折、京阪電鉄の清水五条駅で降りて地上へ上がったら、交差点の角に「五建外良屋(ごけんういろや)」を見つけたのだ。
同店の創業は1855(安政2)年。その味が気に入ったので、以来、京都に行くとデパ地下でういろうを探して買うようになった。関西時代は何度も行く機会があったのに気づかずうかつだったが、実は京都にもういろう店がいくつかある。
いろいろ調べるうちに、山口と小田原にもういろうがあり、小田原は元祖と知った。本項では小田原ういろうについて書く。
2024(令和6)年9月、ずっと待っていた小田原へ行くチャンスがついに訪れた。実はういろう、最初からお菓子だったわけではない。訪ねた元祖の店は、その名も「株式会社ういろう」。小田原駅から徒歩約16分の国道1号沿いにある。寺か天守閣のような多層棟の「八棟(やつむね)造り」で、店の奥に営業時間なら見学できる外郎博物館まである。
創業はなんと南北朝時代の1368(応安元)年。元の役人で医師でもある陳延祐(ちん・えんゆう)が、明が勃興(ぼっこう)した政変により博多に亡命。元では礼部員外郎という役職に就いていたことから、日本で陳外郎(ちん・ういろう)と名乗って暮らす。
陳が大陸から持ち込んだ薬「透頂香(とうちんこう)」は、腹痛や咳、頭痛などに効く。同社の公式ウェブサイトによると、その名前が読みづらかったので、人々が陳の名前から「ういろう」と呼ぶようになり、やがて薬の名前として定着した。
