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ういろうの元祖は薬だった?食文化研究家・阿古真理が紐解く、神奈川・富山・滋賀の「思い出のお菓子」3選

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全国各地で愛されてきたお菓子について阿古真理さんがエッセイで綴ります(画像:T.H / PIXTA)

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関西で生まれ育ち、生活史研究家として日本全国の食文化を見つめてきた阿古真理さん。新著『47都道府県おいしいもの巡り』から、本記事では各地で愛されてきた3つの「お菓子」を紹介します。思い出の味に込められた記憶と、それぞれの食文化が育まれた背景に迫ります。

いざ、元祖のういろう店へ(神奈川県)

子どもの頃から、モチモチした食感で甘さ控えめのういろうが好きである。

長らく、ういろうと言えば名古屋の「青柳総本家」しか目に入っていなかったが、他のメーカーもあると知ったのは、初めて名古屋へ行く機会ができた20年ほど前。それでいろいろなメーカーのういろうを食べてみるようになった。

青柳総本家の創業は1879(明治12)年。「名古屋ういろの元祖」と謳う「餅文(もちぶん)総本店」の創業は1659(万治2)年。明から来た医学や菓子にくわしい知識人の陳元贇(ちん・げんぴん)に、尾張藩の御用商人だった餅屋文蔵が製法を教わったのだ。

名古屋以外にも、ういろうがあると知ったのは十数年前。京都に出かけた折、京阪電鉄の清水五条駅で降りて地上へ上がったら、交差点の角に「五建外良屋(ごけんういろや)」を見つけたのだ。

同店の創業は1855(安政2)年。その味が気に入ったので、以来、京都に行くとデパ地下でういろうを探して買うようになった。関西時代は何度も行く機会があったのに気づかずうかつだったが、実は京都にもういろう店がいくつかある。

いろいろ調べるうちに、山口と小田原にもういろうがあり、小田原は元祖と知った。本項では小田原ういろうについて書く。

2024(令和6)年9月、ずっと待っていた小田原へ行くチャンスがついに訪れた。実はういろう、最初からお菓子だったわけではない。訪ねた元祖の店は、その名も「株式会社ういろう」。小田原駅から徒歩約16分の国道1号沿いにある。寺か天守閣のような多層棟の「八棟(やつむね)造り」で、店の奥に営業時間なら見学できる外郎博物館まである。

ういろう本店(写真:キャトルズ / PIXTA)

創業はなんと南北朝時代の1368(応安元)年。元の役人で医師でもある陳延祐(ちん・えんゆう)が、明が勃興(ぼっこう)した政変により博多に亡命。元では礼部員外郎という役職に就いていたことから、日本で陳外郎(ちん・ういろう)と名乗って暮らす。

陳が大陸から持ち込んだ薬「透頂香(とうちんこう)」は、腹痛や咳、頭痛などに効く。同社の公式ウェブサイトによると、その名前が読みづらかったので、人々が陳の名前から「ういろう」と呼ぶようになり、やがて薬の名前として定着した。

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