東洋経済オンラインとは
ライフ

20年で「W杯常連国」になった日本サッカー 小野、高原、稲本…黄金世代が「1回数百万円の海外遠征に何度も行けた」ワケ

8分で読める
海外遠征
日本サッカーの歴史を切り拓いた「黄金世代」が、10代で海外遠征に行けた理由とは?(写真:ワン吉/PIXTA)
2/5 PAGES

当時、日本にとって世界は遠い存在だった。

1998年フランスW杯に初出場を果たしたものの、グループステージでアルゼンチン、クロアチア、ジャマイカ相手に3連敗して、差を突きつけられた。

いかにして黄金世代は日本サッカーのハンデを乗り越えたのだろう?

結論から言えば、答えは「海外遠征の多さ」にある。黄金世代のエースストライカー、高原直泰は経済メディア『PIVOT』に出演した際に、こう振り返った。

「中2くらいのときにU17世界選手権に向けて、U15日本代表が立ち上がり、その最初の合宿に呼ばれて、小野と同じ部屋になったり、初めて稲本に会ったりしたんですね。
小野に関しては(同じ静岡出身なので)小学生のときから知っていて、『なんだこいつ、自分よりうまい選手がいる』という感じで、自分を刺激する存在の1つでした。
そうやってU15日本代表の活動が始まってから、本当に信じられないくらい海外へ行ったんですよ。1、2週間海外へ行って戻ってきたら、2日後くらいにまた集合して他の国へ飛ぶみたいな感じで。中2から高1くらいにかけては、何カ国へ行ったかわからないくらい海外へ行きました」

10代が見た“衝撃の光景”

その強化が実り、小野、高原、稲本らは1995年にエクアドルで開催されたU17世界選手権への切符を勝ち取った。

日本がアジア予選を突破して世界大会に出場するのは、メキシコ五輪以来のことだった(日本は1979年にワールドユース、1993年にU17世界選手権に出場していたが、どちらも日本開催の大会で開催国枠での出場だった)。

日本はU17世界選手権に出場すると、A組の初戦でガーナに0対1で敗れてしまったが、第2戦では高原のゴールでアメリカに2対1で勝利。第3戦は開催国エクアドル相手に0対0のドローに終わった。

3/5 PAGES
4/5 PAGES
5/5 PAGES

こちらの記事もおすすめ

あなたにおすすめ

ライフ

人気記事 HOT

※過去1ヶ月以内に配信した記事の閲覧数