当時、日本にとって世界は遠い存在だった。
1998年フランスW杯に初出場を果たしたものの、グループステージでアルゼンチン、クロアチア、ジャマイカ相手に3連敗して、差を突きつけられた。
いかにして黄金世代は日本サッカーのハンデを乗り越えたのだろう?
結論から言えば、答えは「海外遠征の多さ」にある。黄金世代のエースストライカー、高原直泰は経済メディア『PIVOT』に出演した際に、こう振り返った。
10代が見た“衝撃の光景”
その強化が実り、小野、高原、稲本らは1995年にエクアドルで開催されたU17世界選手権への切符を勝ち取った。
日本がアジア予選を突破して世界大会に出場するのは、メキシコ五輪以来のことだった(日本は1979年にワールドユース、1993年にU17世界選手権に出場していたが、どちらも日本開催の大会で開催国枠での出場だった)。
日本はU17世界選手権に出場すると、A組の初戦でガーナに0対1で敗れてしまったが、第2戦では高原のゴールでアメリカに2対1で勝利。第3戦は開催国エクアドル相手に0対0のドローに終わった。

