一方で、非エリートの場合は、この「受験のプレッシャーで机にかじりつかせる」ということができないので、代わりに校則と部活で縛ります。刑務所と同じようなことをやらせて、食うに困って反抗しなくなる年齢まで逸脱せず、6年が経過するのをじっと待つようにさせるわけです。
それだけです。具体的には「思春期教育」などというのは、ないに等しいのです。こうしたアプローチというのは、本当にもったいないと思います。
大切なのは、「進路教育」です。学問も、ほかの課外活動も、すべてが将来の進路を見据えたものになり、そのための情報収集とスキル獲得のために、全部が有機的に結びついているようにするのです。
そう申し上げると、それでは「職業教育」であり、一般教養が外されるなどと文句を言う人が出てきそうですが、違います。
本当の職業人・社会人になるには、歴史も文学も、そしてもちろん、サイエンスの基礎も絶対に知らなくてはなりません。そういう部分を落とせと言っているのではありません。そうではなくて、思春期の6年間を通じて、しっかり「進路に関する考え方とモチベーションを固めるような機会」を与えなくてはダメなのです。
たとえば法曹志望なら、法廷だけでなく、刑務所も法務局も競売も見ておくべきです。医師や看護師志望なら、病院だけでなく、救命の現場、死亡告知の現場なども見学して、進路への思いを固めさせるのです。
「18歳選挙権」に右往左往
思春期教育ということでは、家族をつくって、子育てをし、社会が滅びないように次世代に継承していく教育も、日本の場合はほぼゼロです。
買春教師がクビにならない一方で、男女交際が犯罪視され、妊娠した女子高生は放校処分になる。
社会を見回せば「単身赴任」などという世界でも稀(まれ)な悪習が残っていたり、「ああなりたい」というロールモデルが非常に少なかったりするなかで、結婚や子育てへの動機づけ教育がされないというのは、大問題だと思います。
