未婚の若い同級生が多いなかで、和はこのときすでに子持ちのバツイチで、年齢も28歳だった。一方の鈴木雅もまた、2人の子持ちでシングルマザー。年齢も和より1つ年上と、共通点が多かったのである。和と雅の二人は寮で同室となり、親交を深めていくことになった。
実際にもなかなか来なかった先生
新しく始まる学生生活というものは、慣れるまで戸惑うものだが、開設したばかりの看護婦養成所となれば、特に困難が多かった。全寮制だったため、朝の掃除に炊飯を経てから、授業がスタート。授業が終わって寄宿舎に戻れば、夕食の準備やランプ掃除、薪割りなどの家事が待っている。
家事と勉強の両立の大変さもさることながら、看護学を教える講師が一向にやってこないことへの不安も大きかったことだろう。ドラマでは、 スコットランドから赴任してくるという看護を教えるバーンズ先生がなかなか学校に姿を現さない、そんな場面が描かれた。
実際にも、看護学を教える講師が来日するまでは、自主学習が進められたという。学生のなかでもひと際英語が堪能だった峯尾ゑいが臨時講師となって、正規の講師が到着するまで、ナイチンゲールの著書『Notes on Nursing』を用いて、場つなぎをしたらしい。
この著作は、ナイチンゲールがクリミア戦争の野戦病院での経験から導いた「看護とは何か」を解説した本で、のちに『看護覚え書』として日本語訳が出版されることになる。学校の運営を行っていた女性宣教師のマリア・トゥルーから、峯尾ゑいは入学前に、こんな依頼を受けていた。
「10月には講師が着任しますから、それまでに生徒たちには看護婦の心得などを教えておきたいのです。この本を翻訳して内容を生徒たちに話してあげてほしいのです」
もともとは共立女学校で教鞭をとっていたマリアは常々、生徒たちにこんなふうに語っていたという。
「高い志を抱き、それを実現するために真の力を身につけなさい。そして、そのために不断の努力をしなさい」
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【大関さんが大きな声で…】
