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「プレーヤーとしては一流なのに、マネジャーとしては…」→そんな管理職が陥っている"意外な落とし穴"

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  • 竹下 綾美 経営者、工学博士、ブランディング講師
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そもそも部下の成績に対するリーダーの貢献度は、とてもあいまいです。どこまでが純粋な部下の努力で、どこからがリーダーの指導によるのか、明確な基準で決められるものではありません。

あいまいな評価基準は、部下だけでなくリーダー自身にとっても嫌なものです。今までは目標を超えたか超えなかったかで「できたか・できなかったか」が明確に評価されていたのに、評価基準があいまいになると、グラグラした地盤の上を歩いているような不安を覚えます。

部下の成果を通じて評価されると後ろめたい感じがしますし、評価されなくてもモヤモヤします。

あいまいな基準で悩むよりも、自分で成果を出すほうがラクで安心。

そう考えるからこそ、リーダーの多くが自分の成果を追い求めてしまうわけです。

自分の成果を示したい

また、「自分が成果を出さないといけない」という心理の裏には、自分の成果を示したいという単純な承認欲求もあります。

会社はリーダーに対して、個人目標ではなくチーム全体の成果を上げることを求めます。

リーダーには、部下をフォローして伸ばす努力が必要となります。

ところが、リーダーは依然として個人の成果が気になってしまいます。

それは、プレーヤー時代の成功体験が捨てきれず、個人の成果を追い求めてしまうからです。

さらに今の時代、リーダーにはプレイングマネジャーとしての個人目標も与えられていて、実際にプレーヤーとしての成果も求められているリーダーも少なくありません。

「プレーヤー時代と同じように成果を出したいのに、部下のフォローもしなければならない。思うように個人の成果を上げられない」

リーダーがこのジレンマに陥ると、「会社が期待しているリーダーとしての貢献」と「自分が会社に貢献しているという感覚」との間にズレが生じます。

ズレが解消されない限り、いくらがんばっても認められないという状況に陥ってしまうのです。

「会社が期待しているリーダーとしての貢献」はわかると思います。

そう、チーム全体の成果を上げることです。

にもかかわらず、ズレを招いているのは、リーダーが引きずっている過去の評価基準が原因です。

リーダーになればプレーヤーとは評価基準が変わるのに、今まで大事にしてきた自分の評価基準を捨てきれない。リーダーが過去の評価基準を捨てきれないと、プレーヤーとして成果を追い続けることになります。

だから、いつまでも部下に仕事を任せられないのです。

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【「二兎を追う者は一兎をも得ず」】

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