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日産「セドリック/グロリア」とクラウンの岐路 国産初のターボ車、そしてY32で英華を極める

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開発コンセプトは「人とクルマと社会の調和をめざしたハイクオリティパーソナルサルーン」だった。象徴的だったのが、4灯ヘッドライトを採用した「グランツーリスモ」と、異形ヘッドランプを採用した「ブロアム」というグレードの展開だろう(写真:日産自動車)
20~30年以上経った今でも語り継がれるクルマが、続々と自動車メーカーから投入された1990年代。その頃の熱気をつくったクルマたちがそれぞれ生まれた歴史や今に何を残したかの意味を「東洋経済オンライン自動車最前線」の書き手たちが連ねていく。

日産自動車「セドリック」は、トヨタ自動車「クラウン」の競合として1960年に誕生した。ちなみにトヨタ・クラウンの初代は、1955年の誕生である。のちに、日産のセドリック/グロリアとして兄弟車として扱われることとなるプリンス「グロリア」は、1959年の誕生である。1966年に日産自動車とプリンス自動車工業が合弁したため、グロリアはもちろん「スカイライン」も日産車となる。

それでも1967年の3代目グロリアは、合併前に開発が進められていたため、セドリックとは別の車種であった。4代目となる1971年に、基本的な機構や性能がセドリックもグロリアも同一となり、顔つきやテールランプなど意匠の違いで車種をわけるようになった。

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セドリック/グロリアの統合とハードトップという新機軸

1971年発売のセドリック(写真:日産自動車)
1971年発売のグロリア(写真:日産自動車)

日産セドリック/グロリアとなってから独創的だったのは、4ドアハードトップという車種設定である。

一般に、4ドアセダンは、車体中央にドアを支える柱(自動車用語ではBピラーと呼ぶ)がある。また、前後それぞれのドアの窓にはガラスを支える枠(サッシ)がある。しかしハードトップは、窓枠がなく、ガラスの端に密閉するシールがあるだけで、構造としての窓枠はない。なおかつ、2ドアではなく前後のドアを開閉できる4ドアで、車体中央の支柱や窓枠のない4ドアハードトップは、日産の斬新な提案であった。

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【トヨタ「クラウン」と並び、高級車の代名詞に】

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