従来の「情報モラル教育」では限界がある

GIGAスクール構想の下で1人1台端末が実現し、学校現場でもインターネットを活用する場面は増えているだろう。だがインターネットには、ディスインフォメーション(意図的に作られた偽情報)やミスインフォメーション(勘違いや誤解による誤情報)、マルインフォメーション(攻撃を目的とするなどの悪意ある情報)があふれかえっている。

そんな中、喫緊の課題とされているのがメディアリテラシー教育だ。法政大学キャリアデザイン学部教授の坂本旬氏は、世界の動きについて次のように説明する。

坂本 旬(さかもと・じゅん)
法政大学キャリアデザイン学部教授、図書館司書課程担当。教育系出版社や週刊誌などの編集者を経験したのち、新聞社を中心に雑誌執筆者として活躍。1996年より法政大学教員。ユネスコのメディア情報リテラシー・プログラムの普及を目指すアジア太平洋メディア情報リテラシー教育センターおよび福島ESDコンソーシアム代表。基礎教育保障学会理事
(写真:本人提供)

「例えば、ロシアは膨大な偽情報を組織的にEU各国に向けて発信し、分断をつくっています。EUはこれを重く受け止め、2018年に法改正をしてすべての加盟国にメディアリテラシー教育を行うことと、その成果報告を義務づけました。米国も法律で義務化する州が増えています。これらの民主主義国では、国が情報統制をするのではなく、教育やメディアの自主的な取り組みにより、ディスインフォデミック(偽情報の流行)やプロパガンダに対抗する力を市民が持つことを最優先課題にしているのです」

それに対して、日本は取り組みが遅れていると坂本氏は指摘する。日本では従来、情報への向き合い方に関する教育としては、主に情報モラル教育が行われてきたが、ここには問題点があるという。

「情報モラル教育はインターネット上のリスクを教えるだけで、使用の制限をする教育になっています。しかしそうした怖がらせるアプローチは、例えば米国ではすでに効果がないとされており、どんな危険性があるのかをみんなで議論して考えるような授業をしています。つまり、デジタル時代の市民として責任あるICTの扱いや社会貢献ができるスキル『デジタル・シティズンシップ』の観点でメディアリテラシー教育を行っているのです。日本も、自分にもバイアスがあることを前提に、一歩立ち止まって自ら情報源の真偽を吟味し、クリティカルに読み解いていく訓練が必要です」

ユネスコが掲げる「メディア情報リテラシー」とは?

しかしそんな日本でも、最近ようやく注目すべき動きがあった。2022年6月に総務省が「メディア情報リテラシー向上施策の現状と課題等に関する調査結果報告」という報告書を発表したのだ。これは諸外国の状況を分析したうえで、日本における施策の方向性を示したものである。

「今回、この報告書で『メディア情報リテラシー』と『デジタル・シティズンシップ』という用語が明記されました。つまり、これらの概念を政策に盛り込む方向性が明確になったのです」と、坂本氏は説明する。

メディア情報リテラシーとは、ユネスコ(国連教育科学文化機関)が提唱する概念だ。メディアメッセージをクリティカルに読み解く「メディアリテラシー」と情報を評価する「情報リテラシー」を統合し、さらには「ニュースリテラシー」や「デジタルリテラシー」などの関連リテラシーをも包含したものとして定義づけられている。「総務省が採用したことで、今後日本でもこのユネスコの広い捉え方が標準になると思います」と、坂本氏は話す。

偽情報や誤情報に振り回されているのは、子どもだけでなく大人も同様だ。大人がヘイトスピーチや陰謀論、特定の団体・個人への誹謗中傷などの発信者になっているという現状もある。

「そのため総務省では、まずは図書館や生涯学習センターなどを活用して、教員を含む大人を対象に社会教育としてメディア情報リテラシー教育を展開していく計画を立てています」

「探究学習」を軸とした「カリマネ」がカギ

学校現場においても、今後はメディア情報リテラシー教育が実践されていくことになるのだろうか。

「総務省が動き出し、内閣府もデジタル・シティズンシップが重要だとしています。中長期的に見れば、おそらく次期学習指導要領では、デジタル・シティズンシップ教育が導入され、その一環としてメディア情報リテラシー教育も取り入れられることになるでしょう。しかし問題は、次の学習指導要領の改訂まで待っていられるような悠長な状況ではないということです」と坂本氏は語る。

例えば、何も教えられてこなかった今の大学生たちは、バイアスへの意識が低いなどリテラシーが十分には身に付いていないという。小・中学校でも、インターネット上の情報源の真偽を検証することの大切さや方法を教えないままに、調べ学習や発表などを行っているケースが数多く見られるそうだ。

しかし、小学生からスマホを持つ子は増えており、日常的にディスインフォデミックに接しているケースも多い。「このままでは、そのリスクから自分の身を守れないし、誤った情報の発信者にもなりかねない」と坂本氏は警鐘を鳴らす。

本来であれば教育委員会や学校現場は、今すぐにでも従来の情報モラル教育からデジタル・シティズンシップ教育にシフトし、メディア情報リテラシー教育に取り組む必要があるといえる。しかし、学校ではどのような授業を行えばよいのか。

例えば坂本氏は、学校で授業を行う際、「5キークエスチョン」というものを使っている。これは、メディアリテラシーの基本原理を学校で取り入れるために、CML(Center for Media Literacy)が作成したものだ。米国の学校では、メディアのメッセージを読解するときや、自分が制作した作品について、この5つの問いに沿って考え、議論することが行われている。これを坂本氏が日本語に和訳したものが以下の「『さぎしかな』リスト」だ。

【「さぎしかな」リスト】
(作者):メッセージの作者は誰か?
(技術):どんな表現技術が使われているのか?
(視聴者):ほかの視聴者はどんな解釈をしているか?
(価値観):どんな価値観が表現または排除されているか?
(なぜ):なぜこのメッセージは送られたのか?

情報リテラシーに関しては、米国の図書館協会が開発したチェックリスト「クラップテスト」を活用しているという。米国の学校では、このリストを使って情報の評価の仕方を子どもたちに考えさせる教育が推奨されている。以下の「『だいじかな』リスト」は、このクラップテストを坂本氏が日本語で再構成したものだ。

【「だいじかな」リスト】
(誰):この情報は誰が発信したか?
(いつ):いつ発信されたのか?
(事実):事実の根拠や参照はあるか?
(関係):自分とどのように関係するか?
(なぜ):情報発信の目的は何か?

このほか、インターネットを使って元の情報の社会的評価を調べる「横読み」なども情報源の真偽の検証に有効だというが、いずれも前提としては「探究学習で1人1台端末を使うことが重要」だと坂本氏は語る。そうすれば、子どもたちは調べものをする際にインターネットからも情報を収集し、思考を深めていくことになる。いわば日々の探究学習の活動そのものが、メディア情報リテラシーを絶え間なく鍛える場になりうるのだ。

「さらに言うと、探究学習を重視する新学習指導要領の土台はESD(持続可能な社会の創り手を育む教育)です。ESDもメディア情報リテラシー教育もユネスコ主導で推進されてきた教育で、これらの概念はデジタル・シティズンシップとも親和性が高い。ですから学校現場は、学習指導要領が求めるように、持続可能な社会の創り手を育むことを目指し、探究学習を軸に学校全体でカリキュラムマネジメント(以下、カリマネ)をいかに行っていけるかが、メディア情報リテラシー教育のカギになります」

とはいえ、どうカリマネを行えばよいのかまだ道筋が見えていない学校もあるだろう。そんな学校は、地域連携に着目するとよいと坂本氏はアドバイスする。

「日頃意識していないだけで、地域に根付いた教育はどこの学校もやっていますよね。その活動をESDの枠組みで捉え直せばカリマネはできます。そこにGIGA端末を持ち込むイメージで取り組めば、デジタル・シティズンシップやメディア情報リテラシーが重要であることがわかると思います。そうすると、探究学習も生きてきて、社会課題に対して自分は何ができるのかという学びにシームレスにつながっていくはず。最終的には学校の成果も発信できるでしょう」

また、司書教諭の専任化など、司書教諭や学校司書の充実を図ることも必要だという。司書たちが情報の専門家として、情報源の評価の方法をしっかり子どもたちに教える役割を担うのだ。「教員の多忙化が問題となっている状況からも、司書の専門性を高めることで対応するのが現実的ですし、これにより質の高いメディア情報リテラシー教育が期待できます」と、坂本氏は言う。

すでに大阪府吹田市や岐阜県岐阜市、鳥取県、愛媛県四国中央市、埼玉県の戸田市や久喜市、長野県の一部自治体など、デジタル・シティズンシップ教育に舵を切る教育委員会もある。今後は、こうした先進的な自治体と、情報モラル教育にとどまっている自治体との間でメディア情報リテラシーの格差が広がっていくことが考えられる。

「メディア情報リテラシー教育の大切さを理解されている先生方も増えてきていると感じます。ところが教育委員会や学校長の理解が進んでいないために、苦しんでいる先生方も多い。そうした先生方は、少なくとも自分が授業で情報を扱うときには『一歩立ち止まって考える』という視点を意識し、『だいじかな』や『さぎしかな』のリストを取り入れてみてほしい。これをやるだけでも、子どもたちにもたらす効果は大きく違ってきます」

(文:長谷川敦、注記のない写真:TATSU/PIXTA)

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