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「一つの中国」原則の限界 国際環境はすっかり変わってしまった

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菅義偉首相とバイデン大統領の日米首脳会談が行われた。日米首脳の共同声明に「台湾」の文字が入ったのは52年ぶりだ。さてご同輩、1969年11月に佐藤栄作首相とニクソン大統領が何を語り合ったかご存じだろうか。

答えは「沖縄返還」だ。当時は太平洋戦争の終結から24年。米ソ冷戦下、ニクソン政権の最優先課題はベトナム戦争を終結させることで、佐藤内閣は大阪万博を目前にしていた。このときの日米首脳の共同声明には下記の文言がある。「大統領は、米国の中華民国(台湾)に対する条約上の義務に言及し、米国はこれを遵守するものであると述べた。総理大臣は、台湾地域における平和と安全の維持も日本の安全にとって極めて重要な要素であると述べた」。

「立場」を「理解し尊重」

米国は米華相互防衛条約を締結しており、日本には日華平和条約があった。国連における代表権が中華民国から中華人民共和国(中国)に移ったのはその2年後のことだ。抜け駆けしたのは米国側であった。キッシンジャー補佐官が電撃訪中した「ニクソンショック」を機に、日本の国論は急速に日中国交正常化に向かった。

田中角栄首相が盟友・大平正芳外相とともに北京に飛んだのは72年9月。「一つの中国」原則を掲げる周恩来首相に対し、日本側は「これを理解し、尊重する」との態度で臨んだ。ただし日本側は、中台関係は無条件の内政問題ではなく、対話によって解決されるべき「両岸問題の平和的解決」を外交の立場とし、周恩来もこれを諒(りょう)とした。ゆえにこの文言は、半世紀近くにわたって呪文のように使われ続け、今回の日米共同声明でも「両岸問題の平和的解決」という文言は登場している。

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