日韓関係が厳しい。徴用工判決・レーダー照射問題・国会議長発言……、最近の懸案だけでもあれこれ思い浮かぶし、旧来もふくめれば、いよいよ五指に余る。
日本人の立場からすれば、波風を立て、ケンカを売り、関係を悪化させてきたのは、一貫して韓国サイドにある。約束を守らない。平気でウソをつく。一方的な挙動を恥じない。無礼である。これでは、日本人が怒るのも無理はない。
もっとも、韓国側もどうやら怒っている。韓国人は日本人の怒ることを承知の上で、ことさら怒り、怒らせているようにもみえる。少なくとも日本人の言動や心情や思考を、意に介そうとはしていない。要するに、軽んじているのである。
日本人は、なぜ相手がそんな言動をとるかがわからない。それでますます腹を立てるという悪循環に陥る。
一貫して蔑視の対象
歴史をふりかえってみれば、程度・多少のちがいこそあれ、日韓関係は史上、どうやらそのくりかえしであった。たとえば、近代の明治維新から江華島条約締結にいたるプロセスもそうである。あるいは、朝鮮王朝の記録を繙(ひもと)いてみればよい。日本のことは一貫して蔑視の対象である。
だとすれば、ありようは今昔あまりかわっていない。それは互いの歴史的な体質が旧態依然、あるいは互いに歴史をよくわきまえていない、という意味でもある。
日本人が怒るのは、日本人の感覚からすれば、局面に応じてしかるべき言動をとらないからである。もっとも、そこはあくまで日本基準であって、外国と必ずしも同じではない。韓国にも韓国なりの基準がある。だとすれば、日本人としてはそこを知らなくてははじまらない。
もちろん浅学菲才(せんがくひさい)の筆者に、その基準がすべてわかるはずもない。それでも乏しい見聞ながら、とりわけ歴史的な一面は、それなりに見えているつもりである。
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