もう4年以上も前になる。韓国の窃盗団が対馬にある観音寺の長崎県指定有形文化財・観世音菩薩坐像などを盗み、博多から釜山(プサン)に持ち去った。まもなく首謀者は検挙され、懲役の判決も出ている。まぎれもない犯罪であった。
しかし当の仏像は、対馬にもどってきていない。「倭寇に略奪されたもの」と窃盗犯が口にした言い訳にそって、忠清南道(チュンチョンナムド)にある浮石(プソク)寺が仏像の所有権を主張し、日本に返還しないよう求め、裁判となっていた。
韓国の大田(テジョン)地裁は2017年1月26日、仏像を保管する韓国政府に対し、浮石寺への引き渡しを命じる判決を出した。14世紀の前半、浮石寺に奉納するため仏像を作ったと推定できること、14世紀の後半、5回にわたり、浮石寺の所在地域を倭寇が襲った記録のあることが理由である。「浮石寺の所有であることは十分に推定できる」とし、「盗難や掠奪によって観音寺に渡ったとみるのが相当だ」と判決は結論づけた。
「情緒」裁判に驚き
韓国検察は即日、控訴したが、日本では皆あきれはてた。何もかも「推定」である。浮石寺が所有し、盗難・掠奪に遭った確かな証拠があるはずもない。たとえあったとしても、犯罪前の原状にもどしてから文化財の所有・返還などを議論するのが、条理・常識というものだろう。時あたかも慰安婦像をめぐり、日本人がこぞって韓国の対応に厳しい目を向けているさなか。日韓の溝がいよいよ深まりそうな気配である。
知人はよくこの種の裁判を「情緒裁判」、また「法治」と対置して「情治」と呼ぶ。法律よりも感情・情緒が優先するとの意味合いで、うまいことをいう、と感心しきり。歴史の観点から、もう少し立ち入って考えてみたい。
朝鮮半島は14世紀末から20世紀の初めまで、500年にわたり朱子学が体制教学だった。
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