みしな・かずひろ●1959年生まれ、愛知県出身。一橋大学商学部卒業。同大学大学院商学研究科修士課程修了。米ハーバード大学文理大学院博士課程修了。同大学ビジネススクール助教授、北陸先端科学技術大学院大学助教授などを経て現職。著書は『戦略不全の論理』など多数。(撮影:梅谷秀司)
企業は何を売ることを生業(なりわい)とするのか、またはすべきなのか。この問いにモノやコトと答えているようでは、世界の趨勢から絶望的に取り残されてしまいかねない。
大量生産は19世紀の後半に萌芽を見せ、20世紀の前半に普遍化した。そして供給不足が解決すると、ボトルネックは需要不足にシフトする。かくしてモノを自ら造るより、誰かが大量に造ってしまったモノを売りさばいてみせる側が儲かる皮肉な状況が定着した。20世紀後半は広告“媒体を売る”民放テレビ局、21世紀前半は広告への“誘導路を売る”グーグルが、さしずめ儲け頭といったところであろうか。
他方、儲からなくなってしまったモノ造りサイドも黙ってはいない。たとえば自動車メーカーが自動車と抱き合わせで“ローンを売る”という具合に、付帯サービスで儲ける方向に進化を遂げてきた。その行き着く先は、川上では導入前のコンサルティング、川下では導入後のメンテナンス、すなわち“ソリューションを売る”という姿である。その延長上で、IoTを活用する米GEやドイツ勢は“生産性向上策を売る”方向に転進しつつある。
しかしながら、供給サイドが利益を取り返すという流れの中では、もっと恐ろしい動きが出ている。それは“事業を売る”という事業の興隆にほかならない。たとえばワインを造って売るという事業は意外と儲からない。うまいワインを醸造しても、うまいワインは次から次に出てくるからである。その反面、ワイナリーは慢性的な供給不足で、賢い人はそれを富豪に売り、手にした資金で次の畑を買いに行く。誰も見向きもしない土地を安く手に入れ、そこから世界をあっといわせるワインを送り出し、またワイナリーを高く売る。
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