ジョセフ・シュンペーターは資本主義がいずれ自壊すると予想した。このシュンペーター予想に従う最初の国は、もしかすると日本になるのかもしれない。シャープの成り行きを見ていると、そういう予感が日増しに強くなる。
シャープはブラウン管テレビを破壊して、その跡地に液晶テレビを創造した。絵に描いたようなシュンペーター流のイノベーション、すなわち「創造的な破壊」を実現したとたたえてよい。ところが、シャープの栄華は10年余しか持続しなかった。
なぜか。液晶は何に置き換えられるのかと問われた同社の山幹雄社長(当時)は、「液晶の次も液晶」と答えたそうである。けだし名言ではあるが、正確を期すなら「性能重視の液晶の次は価格重視の液晶」と言うべきであった。それなのにシャープは性能にこだわり続け、破壊される側に回ってしまったのである。
この悲劇的な展開も実はシュンペーター流のイノベーションであり、祝福しなければならない。それを理解しない人々は破壊を拒み、シャープの救済に奔走する。そうした抵抗がイノベーションを阻むがゆえ、遅かれ早かれ資本主義は自壊する。それがシュンペーターの卓見であったことは肝に銘じておきたい。
もちろんシャープの現状は見るに忍びないが、かつては同社も他社を破壊する側にいて、攻守が所を変えただけである。同社が液晶への移行を早めたことにより、平面ブラウン管テレビに投資していたソニーは大きな痛手を被った。その川上で、旭硝子は新設したばかりの高価なガラス溶解炉の廃棄を迫られている。
それでもシャープに銀行は時間を貸すという。確かに、一過性の問題を抱える企業にとって時間の価値は大きいが、収益エンジンが壊れてしまったシャープの場合、時間が経てば経つほど事態は悪化する。どう考えても銀行の出る幕ではない。
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