朝飯の定番はカステラ2切れ、ドーナツ1個、バナナ1本、クロワッサン1個、牛乳大カップ1杯だ。時に冷蔵庫の上に積んである「災害用備蓄食材」に手をつける。湯を注げばいいラーメン、そば、ご飯、カレーなどの中から選ぶ。いちばん減るのはご飯とカレーだ。
減り具合を見て近くのコンビニに補給に行く。私は古い映画『虹をつかむ男』でダニー・ケイが演じた主人公のように連想力が豊富なので、物を買っているとたちまちいろいろなことを連想する。ただし映画の主人公と違って、私が連想するのはかつての経験からくる思い出である。
湯を注ぐ麺類の中に具が入っている。その具の製造会社に講演を頼まれたことがある。三重県の山裾にあった。聞き手の中に車いすの人が多くいた。社長さんの希望は「上杉鷹山の話」だった。私は鷹山の自己激励のための火種のこと(人間は絶望的状況にいても必ず奮い立てる希望の火種を持っている、という彼の積極性についての話)と、妻に対する15年の介護ぶりのエピソードを柱にして話した。帰りには聞き手(社員)が玄関まで送ってくれた。中心に社長さんがいた。車いすの人たちがもたれるようにしてその社長さんを囲んでいた。信頼そのものだ。この会社は法定の雇用義務を超えて、たくさんの身体障害者を社員にしていた。あの玄関風景は今でも頭に焼き付いている。
鷹山の妻は15歳で結婚し30歳で死ぬ。知能と発育に障害があった。鷹山は夫としてこの妻を障害のある養女のように介護した。自製の紙の折り鶴や布で作った人形を与えた。布の人形はてるてる坊主のようなもので、目鼻口は描いていない。ノッペラボウだ。
妻は人形を手にすると、化粧道具の口紅や眉墨を手にする。自分の顔を手鏡に映し、せっせと化粧道具で人形に顔を描く。でき上がると鷹山に示す。「鏡に映った顔を描きました。ですからこのお人形さんは私なのですよ」という意思表示である。鷹山は感動する。それは「妻は自分の中に潜む異能を掘り起こした。異能というのは絵を描く才能だ。人間はやる気さえ起こせばどんなことでもできるのだ」という感動である。
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