昔は仕事場に来る若い人に『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎著・岩波文庫)か『京都』(林屋辰三郎著・岩波新書)のどちらかをおみやげ代わりに差し上げていた。
ある頃から『木を植えた男』(ジャン・ジオノ原作・フレデリック・バック絵・寺岡襄訳)を加え、やがては『木を植えた男』ばかりを差し上げるようになってしまった。植樹に強い思いを抱くようになったからだ。
動機になる出来事がいくつかある。随分前だが四国の経営者の集まりで話をした。代表の近藤(耕三・四国電力元会長)さんが、控室で次のような話をしてくれた。世界文明の発祥地である都市はいずれも大河のほとりで発展した。発展に伴い近くの森林の樹木を切り倒した。やがて森林は消滅したが、同時に都市も滅びた。この例証は古代の有名な文明都市で示せる、と。
気宇壮大な話なのでそのときはちょっとのまれた。樹木の潜在能力の恐ろしさを教えられたからだ。
これもかなり前のことで、今も続いているかどうか確かめてはいないが、群馬県新田町(現・太田市)が町民に“自分の記念樹”の植樹を勧めていたことがある。町役場近くの丘に自分が記念したい出来事を理由に、苗を植えるのだ。子どもの出生、入学・卒業、入社、結婚、銀婚・金婚式そのほかの慶事を木の札に書いて苗を植える。
丘がそれほど広くないので、見せてもらった私は「こんな理由ではたちまち木でいっぱいになってしまうのでは?」と案じた記憶がある。当時の新田町は“太平記の里”と銘打ち、南朝の忠臣新田義貞の出身地として町の地域特性のPRに力を入れていた。川を挟んで栃木県足利市がある。足利尊氏は京都の生まれだが、その祖先が君臨した市だ。尊氏は言うまでもなく北朝の支持者だ。そういう歴史的意識があって、両地域は必ずしも仲がよくなかった。
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