“恕”という言葉がある。『論語』巻第八「衛霊公第十五」に出てくる。子貢という弟子が師の孔子に聞いた。
「生涯行うべきことを一文字で表せましょうか」。孔子は答えた。「それは恕だよ」。恕というのは「いつも相手の立場に立って物を考える、優しさと思いやり」のことだ。子貢は納得し、諸国遊説のモチーフにこれを掲げた。
いつの頃からか、いろいろな演題をもらっても私は、話を「恕」で締めくくる。経営者なら「客の立場になって」、リーダーなら「部下の立場になって」。経営者やリーダーへの適用だけでなく、この一文字は人間の生活全般に活用できる。
東京都は東京府と東京市が合併して、1943年に発足した。このうち東京市は32年にそれまで15区だったのを、5郡82町村を20区にして、合わせて35区になった(戦後、23区に編成替え)。私が住む目黒区も32年より前は荏原(え ばら)郡であり、かなり成長するまでは田畑と森林が多かった。そのため旧15区の住民たちから「本当の東京ってのは、JR山手線の内だけさ」と威張られた。
地域の歴史がそういういきさつをたどってきたから、旧郡部から区になった所には電柱がたくさん残っている。幹線道路から横道に入ると、車の場合、かなりの運転技術が必要になる。それも双方通行を認めている所が多いから、一方が相当の距離を戻らなければ通れない。この辺は日本のドライバーは偉い。かたくなに頑張る例に出合ったことはない。
先日も私の乗ったタクシーのドライバーは、反対側から車が来ると、道を思い切り戻った。「メーターには加えませんよ」と冗談めかす。「偉いね。でもそんな心配しなくていいよ。表示された分はキチンと払うから」。ドライバー氏の美挙?に胸を温めた私はそう返す。道を譲られた反対側の車は、クラクションだけでなく、窓から顔を出して大声で礼を言う。これが反対の場合は、私も後部席で相手の車に深く頭を下げる。
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