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ライフ #生涯現役の人生学

虐書 「愛書」の対義語としての

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『酒』という雑誌を主宰されていた佐々木久子さんが、晩年は私の仕事場近く(東京都目黒区)に住んでおられた。広島県の出身だが江戸出身の私と気が合い、「死ぬまで(『酒』に)連載しとくれよ」と言っていたが、自分のほうが先に死んでしまい『酒』も消えた。この佐々木さんが私が本を出すたびに「初版本をおくれ。初版本だよ」と言っていた。

申し訳ないが私にはこういう価値観がない。世に出した本はすでに500を超えるだろうが、その保管状況はまったく惨憺(さんたん)たるもので、手元にあるのは100か200だ。しかも初版など数えるほどしかない。私の悪い癖で、本になった原稿には未練がない。これは兄事している伊藤桂一さんが私の若い頃にこう言ったからだ。「童門君、作家の喜びというのはね、書いているときだよ。書いているときに自分の生命を完全燃焼させる。あれが至福のときだね」。敬愛する桂さんの言うことだから、それ以来胸の一角に深く刻み込んでいる。この言葉は取りようによっては「その後のこと(売れるか売れないか。評価)なんかどうでもいい」という意味にも受け取れる。書き手にとっては都合がいいので、私は固く守っている。初版本を大事にしないのも、あるいはこの価値観に発しているのかもしれない。

初版本だけでなく、私は本そのものを大切にしない。いま私は手書きではなく、テープに口述したものをプロに起こしてもらっている。地名・人名について口で言ってもわかりにくいものは資料を添える。前は資料のコピーを取って添えていたが、面倒になって資料そのものを添えている。テープの中で「表記は資料のAを見てください。赤線が引いてあります」と説明を加える。引用箇所の多いものについては、文頭に1.2.と番号をつける。ここまではマメに律義にきちんと仕事をする。問題はその後だ。テープ起こしのプロから製品一切が戻ってくる。テープ、CD、刷った作品、そして資料。

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