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ライフ #生涯現役の人生学

AかBでなくCを選ぶ作家・伊藤桂一さんの死 ホサれゆく私たちに場を作ってくれた先輩

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伊藤桂一さんが亡くなった。50年余、私が兄事してきた作家だ。作家というより人間として接してきた。しかし含羞癖の強い私は、会ってもその都度それほど長く接したわけではない。駅のホームとか路上とか、たまたま出会った場所での立ち話が多い。しかし私にとっては胸の一角に確たる場を占める、欠くことのできない存在なのだ。

この頃多い「身内だけで済ませた」という、葬儀の新聞報道を読んだ。私は伊藤さんを“桂(けい)さん”と呼んでいた。出会いはある小説活動の集まりだった。昭和28(1953)年にNHKがテレビ本放送を開始し、数年遅れて民放が追う時代だった。『講談倶楽部』という大衆小説の雑誌があって、毎年「賞と佳作」を設けて小説を募集していた。文壇に知己のない私はよくこれに応募した。賞には入らなかったが必ず佳作には入った。自分で(オレは佳作作家だな)と思った。その雑誌の編集者の一人が、「賞と佳作の入選者で小説の研究会をつくろう」と提案した。私も参加した。ここで初めて桂さんに会った。初会で桂さんをまとめ役に選出した。帰途、桂さんは歩きながら私に言った。「きみ、時代小説を書くのなら、よく知られている人物のよく知られていることを書いてもダメだよ。反対に全然知られていない人物の、全然知られていないことを書くのもダメ。いいのはよく知られている人物の、全然知られていないことを書くこと」。その言葉には後輩への温かい愛情があふれていた。

桂さんは戦場小説で有名だった。直木賞受賞作も確か中国での戦場体験だった。よくドジな輜重(しちょう)兵ぶりの話をして皆を笑わせた。会ではナマ原稿を持ち込んで書き手が朗読し、その後皆でたたき合うという方法で磨き合った。しかしある時桂さんがクレームをつけた。「ナマる人がいる。名作が愚作に聞こえる」。そこで東京生まれの私が一手に朗読を引き受けた。ところがまた桂さんが文句を言った。「やめよう。童門君が読むとどんな愚作も名作に聞こえる」。

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