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ライフ #生涯現役の人生学

耳が聞こえなくなっても したたかさを磨く

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飛行機に乗ると、降りたときに必ず耳が聞こえなくなっている。生ツバを飲むかあくびをすると元に戻るといわれる。が、口の中が乾いていてツバが出ない。あくびも意識すると思うように出ない。結局聞こえないまま仕事先に向かうことになる。

出迎えてくれた人に正直にそのことを話す。「はい、わかりました」とニコニコ笑いながらうなずく。しかし「わかりました」はうわべだけ。わかっちゃいない証拠に、タクシーの中で、間断なく話しかけてくる。全然聞こえない。それを聞こえるフリをして、いちいち相づちを打つ苦しみ。総身の血が逆流して身もだえする。こっちの応答がトンチンカンなのに気がつき「ああ、本当に聞こえないんだね」とわかってくれることをひたすら願う道中は、体中の力が抜け疲れ果てる。これから目的地で90分の講演を行うエネルギーを底の底まで使い果たしてしまう。

これでは仕事にならないと考えた私は、あるときから“カンによる対応”を始めた。相手の話はまったく聞こえないが、表情でこっちに何か尋ねているとわかったときだけ応答するという方法だ。うなずくか笑うか、すべてカンによる。それ以外はすべて聞き流す。勝手にしゃべらせておく。こっちは別のことを考える(たとえば今日の講演では何を話そうか、とか)。

カンによる応答は賭けだ。ゲームだ。当たるときもあれば外れることもある。「この人、全然身にしみてないな」と見抜かれることもある。「全然人の話を聞いてないな」と、絶望した人は突然黙り込み、以後まったく口を利かない。こっちはありがたいのだが、それからの車中の空気は重く気まずい。まして目的地に着いた途端、ポンと音がして耳が聞こえるようになり、にわかにこっちが快活になったときの始末は厄介だ。「何だよ?こいつ」と相手は呆気にとられ、とがめる目で私をにらむ。からかわれたと思うのだ。しかし弁解のしようもない。「突然元に戻ったのです」と言ってみたところで、説明責任を果たしたことにはならない。不快なモヤモヤは講演の本番中も続く。

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