愚直に続けたから 成功した、ワケじゃない

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ライフネット生命
社長

岩瀬大輔

会社の成長は
「誰をバスに乗せるかがすべて」

ライフネット生命保険社長の岩瀬大輔氏は、多くのベンチャー起業家を輩出している1976年生まれの、いわゆる「76世代」の代表格の一人。東大法学部を卒業後、ボストンコンサルティングを経て、留学したハーバード大学ビジネススクールでは、日本人歴代4人目となるベイカー・スカラーを授与された。帰国後はネット専業で初となるライフネット生命を起業。さらにダボス会議のヤング・グローバル・リーダーズに選ばれるなど国際舞台での活躍も目立つ。そんな岩瀬氏がこれまで成功してきた秘訣とは何か。飛躍のきっかけとは何か。そして、アントレプレナーに付きものの愚直さ以外に必要なものとは何か。

積極的に情報を発信し
自分たちを知ってもらう

――この企画は「愚直に続けたから成功した、ワケじゃない」というタイトルですが、まず創業から愚直に続けていることとは何でしょうか。

岩瀬それは、生命保険に限定せず、積極的に情報発信してきたことだと考えています。 その結果として、自分たちの考えが世の中に浸透し、社会からの信頼を得ることができたと思っています。生命保険とは、お客さまにとって、誰から買うのか、誰に保障してもらうのかが重要になってくる長期の金融商品です。そう考えると、ゼロから生命保険会社を立ち上げることは、相当チャレンジングなことだったと改めて思います。

 2018年5月には、創業当初にご契約いただいたお客さまが10年定期保険の更新を迎えます。2008年5月に事業をスタートさせましたが、今更ながら契約者ゼロの保険会社と契約してくださったお客さまには本当に感謝しています。

 開業1年目の契約者数は約5000人でしたが、今では約15万人のご契約者さまがいます。15万人という数字は大手生保からすると、非常に少ない数字です。でも、たとえば大きなスポーツ競技場には5万人程度の観客が入ります。その圧倒的な人数を見ながら、その3倍のご契約者さまの方々がいるとイメージしてみると、私たちを信じて大切な保証を預けてくださっていることは本当にありがたいことだと思います。

 私たちは信頼をいちばん大事にしてきました。逆説的かもしれませんが、もし私たちが保険の話しかしていなかったら、今のような信頼の広がりと奥行きは持てていなかったのではと思っています。その信頼の背景にあるのは、単に保険料が安いというようなことだけでなく、会社の理念や広く理想の社会等について積極的に発信し続けてきたことだと考えています。だからこそ、多くの皆さんに興味や関心を持っていただけたと思っています。

――他方で、愚直さ以外に成功につながったきっかけや取り組みはありますか。

岩瀬それはやはり世の中のトレンドをとらえて、人々のニーズや社会の変化にきちんと応えてきたことだと思います。この10年、社会ではさまざまな変化がありました。スマホやSNSの登場、さらに大きいのは、働く女性が増加したことです。女性の社会進出が進み、共働きも増えています。

 当社でも子育てをしながら仕事をする女性社員がたくさんいます。彼女たちの日常はとても忙しい。会社で定時になると、子供を保育園に迎えに行くために慌てて帰宅し、その後は食事の支度をして、子供をお風呂に入れて寝かしつける。さらに片付けと翌日の準備をして、ようやく自分の時間を持つことができるんです。

 私たちのお客さまの場合、6割強の方々に現在子供がいらっしゃり、結婚して将来子供を持とうと考えていらっしゃる方々も含めれば、7~8割の数字になります。そうした若い世代の皆さんの場合、生保会社の営業担当と、日中にお茶をしながら保険商品を吟味する時間は取れないことが多いでしょう。

 しかし、当社が提供しているインターネットの保険の場合、ご自分の生活ペースで昼夜関係なく、保険商品を選ぶことができる。しかも、昔と比べ若い世代の所得が相対的に低下している中で、そうした層に向けた新しい保険商品も提供しています。当社は社会や時代の変化に対応した付加価値のあるサービスを提供してきたと言えると思います。

会社を良くするには
誰をバスに乗せるかがすべて

――かつて組織づくりにおいて「人や状況が変わっても継続していける仕組み」が必要だとおっしゃっていましたが、具体的にはどのような工夫をされているのでしょうか。

岩瀬当社のカルチャーには、若手がチャレンジすることを応援する風土があります。若手に意見を言わせ、活躍の場をつくることを積極的に続けています。

 たとえば、全社の集まりなどで若手に積極的に質問をさせたり、セミナーの司会進行を任せたり。または、「ニューカマープレゼン」と称して、入社後1カ月経った社員を中心に、会社を良くするためのプロジェクトを提案してもらったりしています。さらに、今期から取締役に38歳と33歳の若手も抜擢しています。

 実はこうした施策は、すべて社内向けの強烈なメッセージなんです。要するに、力があれば年齢に関係なく大きな仕事ができるということを示しています。実際、これからこの会社の舵取りをしていくのは、41歳である私と、30代の取締役が中心になります。

 大手の多くの場合は50~60代の男性が中心となって経営をしていることが多いと思います。私たちはお客さまと近い年代が経営を担います。自分たちの友人や仲間に届けたいものをつくる、というのは当社のポリシーでもあります。そうしたことを私たちは競争力の源泉にしなければならないと考えています。

――社内活性化のために、たくさんの部活もつくっていますね。

岩瀬ランニング部、水泳部、アスリート料理部といった多種多様な部活があります。私自身もヨガ部に所属し、平日の夜にヨガの先生から指導を受けています。できるだけ参加するようにしています。

 こうした活動は、社内の活性化と部門を超えた交流を促すためにやっています。そのせいか、社員同士の仲がとても良いようです。でも、こちらから積極的に「仲良くしろ」と言っているわけではありません。

 仲が良くなるポイントは採用にあります。採用では、つねに面白い人材を採るよう努力しています。会社には良いときもあれば、苦しいときもある。もし会社が苦しいとき、みんなをつなぎとめるには、良い仲間やチャレンジできる環境があるかどうかが重要になってきます。

 会社が成長するかどうかは、「誰をバスに乗せるかがすべて」です。その意味で、私たちは採用にこだわっています。

――採用の際、人材を評価するポイントとは何でしょうか。

岩瀬明るく周囲にポジティブなオーラを出している。かつ我々の理念に共感し、ひたむきに自分の仕事に邁進する。そして、仕事に誇りを持っていて、仲間との相性がいい人材となります。

 実際に社内を見回すと、個性的でユニークな人が多いです。去年は男性2名を採用しましたが、1人は外向的で営業上手、元気一杯の人気者キャラの新人で、もう1人は大学で保険を専攻した愚直で実直、かつゼミリーダーも経験した人望のある新人。まさに正反対の性格で、なかなか良い組み合わせです。

 私たちは大手と同じような採用活動をしたいと考えているわけではありません。私たちの会社のことが好きで長くいてくれる人、しかもみんなにかわいがられてポテンシャルのある人を探しています。

日本の経営者は
教養がないと言われるが…

――これまで社長の重責というプレッシャーを体感したことはありますか。

岩瀬今年6月、出口(治明ライフネット会長)が代表取締役を退任します(取材は5月)。これまで大事なことは2人で相談して決めてきましたが、今後は私が最終的な決断を1人ですることになります。まさにこれから重責を担うことになります。

 これからも外部パートナーといろいろな話をしていくことになりますが、そのためには、ステークホルダーの皆さんに会社の未来は明るいと信じてもらうしかない。そのためにも、ますます積極的な情報発信をしていきたいと考えています。

――岩瀬さんご自身は、若い頃からリーダーとしての修行をされてきました。

岩瀬ダボス会議など海外のカンファレンスで最先端の議論に参加させていただき、トップの世界がどんなものかを見させてもらいました。

 でも、そのおかげで誰に会っても物おじしなくなりました。ビジネスでは物おじしないことも大切です。日本人のやっていることは世界の高いレベルと比べても変わらない。自信を持って、堂々と自分たちのやっていることを話し、考えを伝える。そうすれば、人の心を動かすことができると思っています。

――世界のVIPとコミュニケーションをとるときに、岩瀬さんなりの工夫はありますか。

岩瀬私は、数々の国際会議に参加していくうちに、グローバルなコミュニケーションにおけるプロトコルのようなものをつかむことができました。一種のツボのようなものです。

 たとえば、少人数のカンファレンスに参加した際、「8人ずつグループに分かれて、1人3分で面白い話をしろ」と言われたことがあります。そこで、私は「永遠」について話すことにしたんです。

 具体的には、外国人の知らない伊勢神宮の式年遷宮を取り上げながら、それが伊勢神宮の「永遠の若さ」を保ってきた要因であり、そうした永遠に対する考え方を現代にもっと生かすべきだといった内容の話をしたんです。これは外国人にとてもウケました。

 その理由は、日本のエキゾチックさや、東洋的なマインドフルネスを絡め、物質主義とは逆の精神的なもの、シンプルで本質的なものが問われているという時代感を踏まえて話したからです。外国人に今何が受けるか、何を言えば刺さるのか。つまり、それらを踏まえたうえでのコミュニケーションがグローバルでは必要だということなんです。

 さらに言えば、いろんなところに出かけて行って、いろんなものに目を通して、いろんな人にアプローチして話を聞いていることも影響しているかもしれません。世界の最先端の保険の話から、文化や芸術の話までフットワーク軽く動いているからか、私のもとには一次情報がたくさん入ってきます。つねに動き回って、最先端の情報を取りに行っていることで引き出しが増えているのかもしれません。

――よく海外の経営者には教養があって、日本の経営者にはないと言われますが、実際にはどうなのでしょうか。

岩瀬今はそうでもないというのが私の認識です。これは一つには世代の問題があると言えるかもしれません。

 ハーバード・ビジネススクールにも、夏目漱石を読んでいるような同級生もいましたが、それもほんの一部です。というのも、大学1年生から投資銀行でインターンをするような世界ですから、無理もありません。教養を磨く時間もないでしょう。

 ただ、本質的な問題は欧米の経営者の教養云々ではなく、人間として面白く、奥行きがあるかどうかなのではないかと感じています。

若い世代を応援する
生命保険会社になりたい

――2008年にEYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤーに参加していますが、どんな意義がありましたか。

岩瀬自分たちの考えを情報発信できるきっかけづくりになると思い、EYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤーに参加しました。そのうえで、モナコの世界大会に行けば、世界に向かって情報発信ができることも念頭にありました。結局、私はモナコには行けませんでしたが、友人であるストライプの石川康晴社長が日本代表としてモナコに行かれています。話を聞くと、やはり世界の舞台に立って、世界を見てくるというのは大きな意義があると感じました。私も今後、機会があれば再チャレンジしたいと考えています。

――今後100年続く生保を目指されていますが、将来的にどんな姿を思い描いていますか。

岩瀬保険事業の認可を受けてサービスをスタートさせてから、約9年。100年のスパンで考えれば、まだ10分の1も満たしていません。フルマラソンに例えると、4㌔地点くらい。

 昔の人が100年後の世界を予測できなかったように、100年後の姿を今語るのが難しいことは言うまでもありません。

 ただ、私たちの特徴的なポジショニングとは、後発で生まれた生命保険ながら、ネットというテクノロジーを活用した最初の会社であり、子育てなど若い世代を保険を通じて応援していくことだと言えます。その意味で言えば、もっとITテクノロジーを使って、難しい保険をもっと便利に、直感的にしていきたい。そして、同世代の方々を応援していける会社にしていきたいと考えています。

文:國貞文隆
写真:今祥雄
取材:2017年4月21日

岩瀬大輔(いわせ・だいすけ)
ライフネット生命保険 代表取締役社長兼CEO

1976年埼玉県生まれ、幼少期を英国で過ごす。98年東京大学法学部を卒業後、ボストン・コンサルティング・グループ、リップルウッド・ジャパン(現RHJインターナショナル)を経て、ハーバード経営大学院に留学。同校を日本人では4人目となる上位5%の成績で卒業(ベイカー・スカラー)。2006年、副社長としてライフネット生命保険を立ち上げる。13年6月社長兼COO、17年6月よりCEOに就任。世界経済フォーラム(ダボス会議)「ヤング・グローバル・リーダーズ2010」選出。ベネッセホールディングス社外取締役。