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森トラスト
社長
伊達美和子
前に突き進んでいくこと
父は森トラスト会長の森章氏、祖父は森グループ創業者の森泰吉郎氏。森トラストを率いる伊達美和子社長は、米フォーブス誌の億万長者ランキングで世界一にもなったことがある「華麗なる一族」に育ち、肉親からさまざまな薫陶を受けて育った。家業としての不動産事業や森家の教え、またオーナー経営者としての生き方について、語ってもらった。
使う人たちにどう見えるのか
ヒューマンスケールを大事にしたい
――森トラストは都心部を中心にオフィスビルやホテルなどさまざまな事業を展開されていますが、今注力しているプロジェクトはどのようなものでしょうか。
伊達最新のプロジェクトでは神谷町・虎ノ門の都市開発やホテル事業に力を入れています。このプロジェクトでは地域の皆さんとともにイノベーティブな街づくりをしようと、「SDGs」「オープンイノベーション」「スマートテクノロジー」「ウェルネス」の4つのテーマを軸に「神谷町 God Valleyビジョン」を策定しています。「東京ワールドゲート」プロジェクト(2020年3月竣工予定)をはじめ、ハード面だけでなく、働きやすさなどソフト面も充実させた国際的拠点となるような街づくりを進めています。
――こうした開発プロジェクトを考えるとき、どのように着想を得ているんでしょうか。
伊達時代の流れの中で、今必要なものは何かをまず考えます。そして、その要素を抽出し、組み換えつつ、新しい方法論を導入するという手法を取っています。これはデザイン思考と似ているかもしれません。今の社会的な課題とは何か、もしくは未来に求められているものは何か。そのことについて仮に知っていたとしても、社会は得てして実現させたい方向になかなか進まないものです。そこで、事象の要素を組み換え、どんな順番にすれば、物事が目指す方向に動き出すのか。そこを詰めたうえで、プロジェクトを構築するようにしています。
これまで日本では都市開発と言えば、ハード面の街づくりが中心でしたが、私は必ずしも「作品」をつくりたいとは思っているわけではありません。むしろ、使う人たちにどう見えるのか。いわば、ヒューマンスケールを念頭に置いた街づくりを実現したいと思っています。オフィスは使いやすいのか、快適なのか、または知的好奇心を刺激できるのか。そんなヒューマンスケールの視点に立って、オフィス、住居、エンターテインメントが持続的に運営できるような街づくりを目指しているんです。
現地に行くと、
その土地の世界観が見えてくる
――キャリアのスタートは、銀行系シンクタンクの長銀総研です。こちらではどのような仕事をされていたんでしょうか。
伊達そもそも家業が不動産事業でしたから、どのように不動産事業が成り立っているのかに興味がありました。そのため大学院では都市計画について勉強し、もっと網羅的にビジネスが見たいと長銀総研に入りました。幸いコンサルティング部門に配属され、さまざまな企業の新規事業開発に携わりました。ビジネスでは答えはつねに1つではありませんが、考え抜いて、どうにか答えを出し切るという仕事は自分にとって大きな鍛錬の場となりました。日々、新しいテーマをゼロから考え、セオリーに落とし込んでいくという繰り返しでしたが、それが結果として、1つの視点ではなく、さまざまな視点から物事を見るきっかけになったと思います。
――長銀総研で2年ほど勤務された後、森トラストに入社されました。
伊達大学生のときに、父から「興味があるなら、やってもいいんじゃない」と言われていました。そもそも私は幼い頃から父の仕事を身近に見て育ってきました。事実、父のビルやホテルが毎年のようにできるのを何度も目にしてきましたし、家族旅行だと思って行ったら、実は土地の視察だったということもよくありました(笑)。工事現場にもよく行きましたね。何もないところに新たなビルができて、街の相貌が変わっていく様子は、幼いながら、非常に興味深いものでした。
とくに六本木アークヒルズが完成したときのことはよく覚えています。当時、ホテルオークラで祖父の誕生日パーティーがあって、窓からアークヒルズの工事現場が見えました。大人たちは、それを見て盛り上がっているんですが、自分はなぜ大人たちが騒いでいるのかよくわからなかった。それから数年経って、完成したアークヒルズを見に行こうと、父と夜クルマで六本木通りを走っていると、暗闇の中から突然、煌々と光を放つアークヒルズが目の前に現れたんです。そのときのことは今も鮮烈に覚えています。
――幼いころから家業を見てきたことで、養われた部分はありますか。
伊達土地勘は養われたかもしれません。自分が詳しくない土地でも、現地に行くと、この位置ならいいとか、ここは絶対に押さえておくべき場所だとか、これはセオリーとは違うといったことを感じ取ることができます。その土地が持っている顔つきというか、世界観が見えるんです。いわば、ここで自分はどんなものをつくりたいのか。それが想像できるかどうかが重要ですから。
経営は水晶玉のよう
答えは1つではない
――お父様からはどのようなことを学びましたか。
伊達大学時代から父に「この事業はどのように考え、どう決断したのか」といったことをよく聞いていました。「自分ならこうするのに、なぜ?」と。失敗談も含めて経営のケーススタディーのようなことをしていたと今になって思います。
私の家は「~ねばならない」という家風ではなかったので、父と仕事をするようになってからも「こうしなさい」と言われたことはほとんどありません。むしろこちらから働きかけるような感じでしたね。ただ、こちらが一度意見を述べると、あらゆる角度から父の指摘が入ります。父からは「経営は水晶玉のようだ」と教えられましたが、水晶は光の当たり方や見る角度によって色が変わるように、ビジネスも見方によって答えは異なってきます。つまり、答えは1つではないんです。教科書どおりでもなければ、受験勉強のようなものでもない。自分がどこを見るかで答えは変わってきます。
実際、仕事において、私がある方向から意見を言えば、父は必ず違う角度から意見を述べてくる。それに対して、どのように自分なりの答えを出すのか。そうしたことを繰り返してきました。
――不動産事業で問題に直面したとき、どのような方法で解決していくのでしょうか。
伊達都心部では規制がはっきりしているので、その規制を守りながら、その土地を事業として最適化していくために構成要素をつくることが最初の肝になります。そして、ある種の理想と現実が交錯する中で、そのバランスを取っていくことが重要になってきます。
またホテル事業では、設備の充実だけでなく、ホテルとして運営しやすい環境にすることも大切になってきます。つまり、表からばかり見るのではなく、裏からも見る。そのバランスを見ながら、いいものにしていきます。
そのためには「木」と「森」の両面から見なければなりません。森だけ見ていても木の状況はわからないし、木だけ見ていても森で迷ってしまう。しかも、私はどのように木の根が生えているかまで見なければなりません。それを全体感としてどう捉えるのか。そのためにもつねに客観的に事業を見ることが必要だと考えています。
――社長の仕事として、気をつけているところは何ですか。
伊達今やらなければならないものが見えている中で、成功するものをというよりも、納得できるものをつくり上げたいと思っています。そのためにあらゆることをチェックし、失敗にありがちなネガティブ要素もすべてレビューして、ほかのプロジェクトと比較しながら、結論づけていくように心がけています。
大事なことは、計画と実行は違うということです。ビジネスでは計画だけでなく、実行してやり切ることが重要になってきます。しかも不動産事業はその後の運営も視野に入れなければなりません。ここまでやり切ることで初めて人は成長していくと考えています。
決断についても同じことが言えます。大きな決断を下せるようになるためには、日頃から小さな決断を繰り返す訓練が必要です。社員にもつねに言っていますが、言われてやることは決断ではありません。自分から提案してやりたいと宣言することが決断です。自分で考え抜いて決断する。その経験を繰り返していくことが大事なんです。
父も祖父もつねに
社会の情報をインプットしていた
――こうした考えは森家の教えが大きく影響していると思うんですが、その点はいかがでしょうか。
伊達森家では親戚たちが集まると、大人たちはいつも時事問題について話し合っていました。もともと祖父は大学の先生だったこともあり、会いにいくとさまざまな質問をしながら先生と生徒のように接していました。一緒に遊ぶことはほとんどありませんでしたね。祖父はいつも新聞や雑誌の記事を、赤ペンを引きながら読んで切り抜いていました。それも晩年までずっと。つねに社会の情報をインプットすることを続けていたんです。
父もそうでした。そうやってインプットして、次はどうなるのかを考えていたのでしょう。ですから、新しいことにつねに興味を持つ好奇心のある家庭だったと思います。
――そうした親戚を含めた森家の行動や姿勢というものは、現在の社長業にどのように活かされているのでしょうか。
伊達森家には会社は社会の公器であり、社会の役に立つ仕事をやっていき、それがうまくいって初めて事業的な成功につながるという考えがありました。とくに私が大学生のときには、祖父が米フォーブス誌の億万長者ランキングで世界1位となったこともあり、一族が注目されたことがあったんですが、そもそも祖父は戦後復興のときに、いい建物をつくることによって、日本の発展に貢献したいという思いがあって事業を始めています。他方、父は高度成長期の中で、サラリーマンの余暇を充実させたいと思い、リゾート施設をつくりました。
いわば、社会に対する自分の意義とは何かという問いがつねにあるんです。私もそれを叩き込まれてきました。実際、私は日本を観光先進国にするための研究を続けてきたし、今後も日本を国際的な拠点としてブランド化するための街づくりをしていきたいと思っています。
そのためには投資が必要ですが、地方ではなかなかリターンが期待できないために、新規の投資がなかなか進んでいない状況にあります。しかし投資を促進するためには、ファーストペンギンならぬ最初に飛び込む人が必要です。だから、あえて私はその役を引き受け、最初に投資を行うようにしています。そうやって、さらなる投資の呼び水になるような役割を果たしたいと考えています。
――伊達社長から見ると、祖父が創業した会社を伯父と父の間で森ビル、森トラストとに分けています。将来的に一緒になる可能性はありますか。
伊達アジアのファミリー企業を見ていると、兄弟で別々のファンドをつくったり、コングロマリットで別々の会社を経営したりするケースが多いように思います。いわば、互いに細胞分裂しているからこそ、一族で頑張ることができるよさもある。それもある種の成長戦略の1つかもしれません。むろん事業では重なるところもありますし、そうでないところもある。ただ、外部から見れば、同じ森家です。森家としては、それがいい答えだったのだと思います。
経営に必要なのは
ウォーム・ハートとクール・ヘッド
――社会人になってから愚直に取り組んでいるものは何ですか。また、愚直以外で、自分にとって飛躍のきっかけとなったものはありますか。
伊達愚直に続けていることは、一つひとつの事業について細かいところまで見ることでしょうか。とくに不動産ビジネスでは幅広く資金の動きを見る必要があります。例えば、ホテル運営では、備品などは数十円単位まで考慮しなければなりませんし、都市開発では1000億円単位の投資の決断をしなければなりません。ですから、一つひとつ細かいところまで掘り下げることが大事になってきます。
一方で、私はアバウトな面もあります。父からは「100%を求めれば失敗する」と教えられたことがありますが、100%を突き詰めても永遠に答えは出ない。ビジネスに正解はないからです。ですから、愚直以外では、「えいや!」と思い切って決断することが大事だと考えています。
――伊達社長はこれまでさまざまな賞を受賞されていますが、EOY(アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー)をはじめとした起業家賞の意義について、どうお考えですか。
伊達男性の起業家にとって外部から評価を受けることは大きな勇気づけになると思います。ただ一方で、女性経営者は、まだマイナーな存在です。その意味では、女性経営者が客観的な評価によって受賞し、社会的な評価を得るということは、これから経営者を目指す女性を勇気づけるうえでも大きな意義があると考えています。私も将来的には、そうした経営者予備軍の女性たちに役立つようなことができたらと思っています。
――最後に起業家を目指す読者にメッセージをお願いします。
伊達男性の場合は、どのように仕事をするかで悩むことはあるでしょうが、女性は仕事を続けていくべきかどうか自体を悩まなければなりません。しかし、悩んでいても答えは出ません。自分の理想を先につくって、そうならない自分に悩むよりも、まずはやってみて前に突き進んでいくことが大事だと思います。祖父は経営に必要なものは「ウォーム・ハートとクール・ヘッド」と言っています。つねに熱い気持ちを持って、冷静な態度で物事に対処することを大事にしてほしいですね。
文:國貞文隆
写真:今祥雄
取材:2018年12月12日
伊達美和子(だて・みわこ)
森トラスト代表取締役社長
森トラスト・ホテルズ&リゾーツ代表取締役社長
聖心女子大学、慶応義塾大学大学院修了。長銀総合研究所を経て、1998年森トラスト入社。取締役、常務、専務を経て2016年より現職。現在、森トラスト・ホテルズ&リゾーツ及び万平ホテル代表取締役会長も兼ね、都市開発ほかホテル事業を主要都市で展開中。20年には東京ワールドゲートが開業予定。
“世界一”を決める起業家表彰制度
EYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤーとは?
EYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤーは、1986年にEY(Ernst&Young=アーンスト・アンド・ヤング)により米国で創設され、新たな事業領域に挑戦する起業家の努力と功績を称えてきた。過去にはアマゾンのジェフ・ベゾスやグーグルのサーゲイ・ブリン、ラリー・ペイジらもエントリーしている。2001年からはモナコ公国モンテカルロで世界大会が開催されるようになり、各国の審査を勝ち抜いた起業家たちが国の代表として集結。“世界一の起業家”を目指して争うこのイベントは、英BBCや米CNNなど、海外主要メディアで取り上げられるほど注目度が高い。