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人間爆弾「桜花」と新幹線0系、その数奇な関係

海軍空技廠飛行機研究係総員の記念写真。1940年8月撮影(写真提供:松平精)
人間爆弾「桜花」を発案した大田正一少尉(のち中尉)(写真提供:湯野川守正)
桜花を設計した空技廠の三木忠直技術少佐(写真提供:松平精)
米軍が上陸後、沖縄で未使用のまま鹵獲された桜花(写真提供:湯野川守正)
鹵獲した桜花をもとに、米海軍が作成した透視図(写真提供:潮書房光人新社)
桜花を胴体の下に懸吊し、まさに出撃直前の神雷部隊の一式陸攻(写真提供:神雷部隊戦友会)
鉄道の振動問題を研究する松平精(奥の人物)(写真提供:松平精)
鉄道技術研究所時代の三木忠直(左の人物)(写真提供:松平精)
東海道新幹線開業日のスタンプが入った記念絵葉書(筆者所蔵)
桜花の発案者・大田正一は名を変え戸籍も失い、家族にさえも正体を隠し1994年まで生きた(写真提供:大屋隆司)
上:人間爆弾「桜花」(写真提供:湯野川守正)、下:新幹線0系(写真:K3/PIXTA)
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