今回は、7浪で慶應義塾大学文学部に合格した大森さん(仮名)にお話を伺いました。
長い雌伏の時を過ごした大森さんは、現在、首都圏の有名進学校で教員として働いています。「20代であれば人生逆転できる」と語る大森さんに、波乱万丈の7年間を伺いました。
栃木の「普通の子」→高3から不登校に
大森さんは1991年5月、栃木県に生まれ、父は自営業、母は専業主婦という家庭で育ちました。
小学生の頃はミニバスケットボールに打ち込み、中学でもバスケ部に入部します。
勉強はそこまで熱心ではなく、小・中ともに成績は「上の下」程度で、本人も「普通の子でしたね」と当時を振り返ります。
高校受験では栃木で2番目の県立高校を受験しましたが失敗し、地元にある私立の学校に進学します。本人はそれを肯定的な出来事としては受け止められていませんでした。
「地方だと、公立のほうが私立より上という感覚があります。だから、公立に落ちて私立に行くようだと、やっぱり『落ちこぼれ』というレッテルがすごく貼られるように感じました。高校受験で失敗して勉強にも身が入らなくなり、中学校3年生の時に怪我や顧問との折り合いが良くないことでバスケを辞めたのもあって、荒んだ生活を送っていました」
目的も何もなく学校に行って帰る日々を過ごしていた大森さん。高校での成績は、クラスで最下位のほうをうろつく日々が続きます。ついに糸が切れたのか、高3になると学校に行かなくなってしまいました。
「学校がつまらないのもあるし、自称進学校の『勉強やれやれ』という雰囲気に嫌気がさしました。同級生ともソリが合いませんでしたし、目的がないなら学校へ行っても仕方ないよねという感じで、不登校になりました」


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