慶應に入学した後の大森さんは、民間企業を目指して就活に臨みました。しかし、大学の就職相談窓口に年齢を伝えたところ、絶望的な言葉を投げかけられたそうです。
「『あなたは大手企業は無理です』と言われました。では、どこならいけるのかと聞いたら、中小企業だということです。いくら同期と良好な関係でも、同期とは違って、自分はまず同じ土俵にすら立てないんだという衝撃がありました」
そこで大森さんは、大手企業にいくという方針を転換します。塾講師のアルバイトで教えることの面白さを感じていたことと、社会で求められることと好きなことを勘案したこと、そして「教える仕事に就く人は学歴がついて回るから慶應なら大丈夫だ」という感覚もあり、教職の道を選びました。
家庭の事情などで留年と休学を経たのち必要な教職単位をそろえた大森さんは、宇都宮の私立高校に無事採用が決まります。その後、首都圏で自分の腕を試したいと考え、現在は都内の有名進学校で教員として働いています。
生徒たちに伝えていること
教壇に立つ今、これまでの経験は生きているかと質問すると、大森さんはこう語りました。
「今の子たちは浪人を嫌がります。(浪人の)負の側面が強調されすぎているなと感じますね。でも1〜2浪程度なら、そこまで人生に大きくは影響しません。浪人は、孤独との戦いで、社会的肩書がないゼロの状態から自分がいかに成長できるかを可視化できる貴重な経験でもあるので、それを生徒たちにはちゃんと伝えています。
20代であれば、人生逆転できると生きていて感じます。学歴は大事だけど、入り口に立つための入場券にすぎません。その先は個人の努力でいかようにも変えられる。だから、もうちょっと(人生を)気楽に生きてもいいんじゃないかと思いますね」
同級生より遅い大学入学は重く感じるかもしれません。しかしその時間には、病気・転地・肉体労働・深夜のマクドナルドでの勉強と、普通の浪人生では経験しないほどの密度がありました。
その全てが今、教壇での言葉に宿っています。


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