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沖縄で12年ぶりの保守系知事が就任…選挙戦を見た台湾研究者が覚えた「アイデンティティからエコノミーへ」の既視感

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選挙活動の盛り上がりは日本本土よりも台湾に近かった。写真は玉城デニー氏の演説(写真:筆者撮影)
  • 前原 志保 武雄アジア大学准教授・九州大学大学院人間環境学研究院 D-Be 部門学術協力研究員
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さらに、その「前」という言葉は、経済だけでなく、安全保障をめぐる方向性とも重なって見えた。台湾海峡の緊張を背景に、南西諸島の防衛力強化が進められている。台湾研究者としてその議論を聞いていると、「前へ」という明るい言葉の向こう側に、沖縄を再び日本の「盾」とし、「最前線」と位置付けられてしまうのではないかという疑念が浮かぶ。古謝氏が語る「前」と中央から応援に来た政治家が語る「前」は本当に同じ方向を指しているのだろうか。

「歴史」は学ぶもの、「記憶」は思い出すもの

2つの陣営を見ながら、頭から離れなかったことがある。

沖縄戦や本土復帰は、ある人びとにとってはいまだ「記憶」でありながら、別の人びとにとってはすでに「歴史」になりつつあるのではないか、ということだ。歴史は学ぶものである。だが、記憶は思い出すものだ。

今回の沖縄滞在中、私は沖縄戦に関係する博物館や資料館をいくつも訪ねた。また、沖縄で開かれていた研究会にも参加した。さまざまな発表が行われる中で、特に興味を引かれたのが、AIを活用して博物館の展示をより身近なものにする試みや、映像や文字だけでなく、匂いなど視覚以外の感覚にも働きかける展示についての発表だった。

なぜ、そこまでして過去を「体感」させなければならないのだろう。

沖縄戦で陸軍病院が置かれた南風原町の文化センターで、当時の壕を再現した展示に入り、その空気を感じてみると、その問いの意味がわかる。戦争を経験していない人間に、その生々しさを伝えることは本当に難しい。いつ何が起き、何人が亡くなったのかを知ることはできる。写真を見ることも、証言を読むこともできる。しかし、狭い壕の中に身を置いて感じるものは、それとは違う。戦争を直接経験した世代が少なくなっていく中で、「記憶」は少しずつ「歴史」になっていく。

そして、台湾研究者としてもう1つ気になったことがあった。

私が今回訪れた博物館や資料館の歴史展示には、「台湾」が驚くほど出てこなかった。私が見た範囲では、琉球漂流民をめぐる牡丹社事件とそれを契機とした1874年の日本による台湾出兵について数行の記述を見つけた程度だった。日清戦争は書いてあっても台湾割譲の記述はなく、近代の沖縄と台湾が同じ大日本帝国の中に置かれていた歴史も、ほとんど見えてこなかった。

私が訪れた施設では、外国語表記も英語が中心で、中国語や韓国語は限られていた。大型書店にも行った。沖縄についての本が並ぶ棚はいくつも続く一方、すぐ隣にある台湾を含め、東アジアや世界情勢を扱う書籍はずっと少なかった。

しかし、それを沖縄だけの問題にすることはできない。台湾で沖縄の歴史が十分知られているとも言い難い。だからこそ、今年、ひめゆり平和祈念資料館が台湾で初めて「ひめゆり学徒隊」を本格的に紹介する特別展を開催していることに、大きな意味がある。沖縄戦の記憶が海を越えて台湾へ渡ろうとしているからだ。

ただ、沖縄と台湾の距離は、単に互いを知ることで簡単に埋まるものでもないのかもしれない。

研究会では、韓国人の研究者や沖縄を拠点に活動する研究者など、さまざまな背景をもつ人たちの発表を聞いた。そのなかで、自分自身について、もう一つ気づいたことがあった。

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