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「ルポライター」という"蔑称"を名乗り続ける鎌田慧の矜持――見つめてきたのは「ちいさな一人」

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半世紀以上、働く人たちの現場から社会を捉えてきた鎌田慧さん(撮影:筆者)
  • 大月 えり奈 ルポライター・カメラマン・社会福祉士
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「取材するのと実際に働くのでは違うのですか」――私がそう尋ねると、鎌田さんからは「全然、違うでしょう」と返ってきた。

「かつて川崎の工場で、生産ラインで働く女性の作業員を取材した時に『ベルトコンベアを初めて見たけれど結構ゆっくり回っているんだね』と言ったら『そうじゃない。見ているのと、実際に仕事をするのではスピードが違う。大変だ』と話していた」

鎌田さんの現場に入るスタイルは、週刊誌ジャーナリズムの世界で「潜入取材」と表現されてきた。その取材スタイルに影響を受けた雑誌記者は多く、鎌田さんは今でも“潜入取材の草分け”だとあがめられる。だが、鎌田さん自身は、その感覚はないという。

「潜入しているという意識はないんです。ただ知りたいから現場に行くし、仕事も自分でやってみなければ分からない。参加する、という意識です」

72年、34歳の時にトヨタ自動車の工場で半年間、期間工として働いた。想像以上に過酷な職場だった。ノルマ達成のために、延々と回り続けるベルトコンベア。一瞬の遅れも許されない極度の緊張と、長時間にわたる単純労働を強いられ、思考する力さえ奪われそうになる日々。これが、のちに『自動車絶望工場』という作品になる。同書の中で、鎌田さんはこう記している。

『自動車絶望工場』(1973)は、鎌田慧セレクションの中で『自動車工場の闇』として収蔵されている(画像:皓星社)

〈ただ、工場に、工場のすべてを支配するものに順応するだけの生活〉

『自動車絶望工場』は、人間が歯車となる苦しみを刻々と綴り、世に大きな衝撃を与えた。

権力や能率の表れである「同調化」を批判する

戦後から現代に至るまで、繰り返される過ちはあるか。鎌田さんは「そうだねえ」としばらく考え、学校でのいじめの問題を挙げた。

「ぼくはいじめがすごく多かった頃に『教育工場の子どもたち』(1984)を書いたのだけど、現在も同じことが繰り返されていると思う」

この作品は80年代、子どもたちが自ら考えることを抑え込むほどに徹底した管理教育が行われていた実態を記録したものだ。「西の愛知、東の千葉」と称された地域の公立学校を取材し、いじめが生じるゆがみを指摘した。

鎌田さんが続ける。

「企業におけるパワハラ問題もなかなか解決しない。根底には、生産性を上げるために、労働者の心身を統一させていく企業の論理がある。ぼくがコンベアの労働を体験して一番分かったのは『同調化』という問題。組み立てをするメインコンベアの周辺には、部品のコンベアがいっぱいある。工場外に並ぶ部品工場も、同じ歩調で進んでいく。完成品を作る工場が1分何秒かで作ると、部品工場も1分何秒かで作る。すべてを同調させていく」。その様子に例え、こう語る。「同調化とは、権力や能率の表れであり、それを批判することが、ぼくの思想であり、テーマだ」。

鎌田さんは、子どもが自殺をした親たちも訪ね、話を聞いた。そこで見えてきたのは、遺族が直面する二重の悲劇だ。本来であれば周囲から支えられる立場であるはずなのに、学校の実情が社会問題化すると、今度は「いつまでも騒いで迷惑だ」と言われる逆転現象が起きる。遺族は孤立を深めていた。

鎌田さんが解き明かしたいのは、強き者が弱き者を抑え込む構造だ。原発や空港の建設時に浮かび上がったのは、国や企業と地域住民の力の不均衡だった。冤罪事件でも、取り調べる側と取り調べられる側には、圧倒的な差がある。

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