スケートボードのことはただの一度も思い出さなかった。高校3年の夏に行われたパリオリンピックにもまったく関心がなく、「スケボーがいつ行われるのかも、全然知らなかった」ほどだ。
だが、その瞬間は突然訪れる。
塾で勉強をしていたときのこと。「大学受験の勉強がつらすぎて、急に『スケボーがやりたい!』って思ったんです」。いても立ってもいられなくなり、塾での学習を早々に切り上げ、帰宅した。
「大騒ぎでしたよ。ヘルメットはどこだ、膝のサポーターはどこにしまったと、家族みんなで探して、パークに向かいました」(父・直樹さん)
心の中でいつかスケートボードを再開してくれたらいいなと願いながら、何も言わずに静かに見守り続けてきた両親は、「またやりたい」と思った岡本の気持ちを応援したいと、家の中をひっくり返すように一緒に用具を探した。
3年ぶりのスケートボード
車に飛び乗り、パークへ向かう。車内でテレビをつけると、画面に見慣れた顔が映し出された。
「悠路(ゆうろ)だ!」
うそのような話だが、ちょうどこのときパリではオリンピックの男子パーク競技が行われていた。遠く離れた場所では幼なじみの永原悠路が滑っていた。
「1本目を見終わったところで、パークに着きました。まだ悠路の2本目、3本目があるけど、『私は観ないで滑りに行く!』っていうくらい、スケボーがやりたい気持ちが強かったです」
3年ぶりのスケートボードを、体は忘れていなかった。「自転車と一緒で、しばらく乗っていなくても乗れる感じですかね。今思うと、再開したばかりのときはフラフラして危なっかしい滑りでしたけど、昔できていた技はわりとすぐにできるようになりました」。


※ログイン後、コメント入力が可能です。