金曜の夜、部署の飲み会。乾杯のあと、課長がグラスを掲げて言う。「今日は無礼講だ。遠慮はいらないぞ」。その瞬間、場の空気がわずかに固まる。誰も笑わない。若手は目を伏せ、中堅は表情を整え、ベテランでさえ言葉を選んでいる。
隣の席では、新人が上司の話に相槌を打ちながら、スマホの画面をそっと裏返す。「無礼講って言われても、どこが境界線なのかわからないんですよね」と小声で漏らす。
テーブルに並ぶ料理は温かいのに、会話はどこか冷えている。誰も酔っていない。誰も気を抜いていない。
かつて本音を語る場だった飲み会が、今では評価がつきまとう場へと変わってしまった。そんな空気が、確かに存在している。
かつての「オフの場」が、リスクを伴う「オンの場」に
「今日は無礼講でいきましょう」
この言葉が場を和ませる魔法として機能していた時代は、すでに過去のものになりつつあります。むしろ現在では、無礼講と言われるほど、参加者が身構える場面が増えています。
「本当に無礼講なのだろうか」「翌日、飲み会での発言を持ち出されるのではないか」「酔った勢いで不快にさせたらハラスメントになるかもしれない」
こうした不安が、部署の飲み会を交流の場というより業務の延長線上に変えてしまっています。かつては本音を語り合い、距離を縮める場だった「オフの場」が、今では評価や人間関係のリスクを伴う「オンの場」になっているのです。
最近、管理職や中堅社員からよく聞かれるのが、「後輩を飲みに誘うのが怖い」という声です。
上司が「今度飲みに行かない?」と声をかけただけで、「強制ですか」「業務外の誘いはちょっと……」と身構えられるケースがあるのも確かです。
もちろん、断りづらい誘い方や強制的な参加は問題です。しかし、誘う側の多くは「雑談したい」「仕事の相談に乗りたい」といった、比較的ライトな意図で声をかけています。それでも、誘った瞬間にハラスメントの地雷を踏むかもしれないという恐怖が先に立ち、声をかけづらくなっているのです。
その結果、部署内のコミュニケーションは「業務上の必要最低限」に収まり、ちょっとした悩みや違和感が共有されないまま蓄積していきます。


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